こんな遺言は書いちゃダメ

むしろ家族が大迷惑


 「紀州のドンファン」として知られた資産家、野崎幸助さんが残した遺言書の有効性を巡り、親族らが遺言執行者の弁護士を相手取って提訴している。この裁判で焦点となるのは遺言書の真贋になりそうだが、たとえ本人の書いた遺言書であっても、法的効果を発揮するための条件を満たしていなければ無効となってしまう。家族に残す思いを無駄にしないために、遺言に関するルールをしっかり把握しておきたい。


「紀州のドンファン」法廷闘争へ

 資産家であるとともに派手な女性関係でも知られたことから「紀州のドンファン」の異名をとった野崎幸助さんが亡くなったのは2018年のことだ。死因が急性覚せい剤中毒だったことから、死の真相を巡りワイドショーなどでも取り上げられたが、このほど野崎さんの親族が約13億円の遺産を巡って裁判を起こしていることが分かった。

 

 野崎さんの遺産を巡っては、死亡から1年以上が経過して、「全財産を住んでいる和歌山県田辺市に寄付する」という内容の遺言書が見つかっていたが、この遺言書が「怪しい」というのが親族らの主張だ。訴状によれば、遺言書はコピー用紙1枚に赤ペンで手書きされ、また発見された状況も不自然であることから、「熟慮の末に作成されたとは考えにくく、本人以外が作成に関与した」ということらしい。親族らは、遺言の全面無効を求めている。

 

 遺言のルールは民法で定められているが、筆記用具や紙に関する規定は存在しない。つまりコピー用紙1枚に赤ペン書きであろうと、メモ用紙に鉛筆書きであろうと、それ自体が遺言を無効とすることはない。ただ、実際にこうして訴えが起きている以上、遺言を残す側としては財産の内容に見合った、ある程度の体裁を整えることが必要だといえるだろう。

 

些細なミスもないように

 もっとも体裁以前に、作成された遺言が法的効力を満たしていないなら問題外だ。本人が書いたことが明らかで、また家族への思いが詰まっていたとしても、法的要件を満たさない遺言は遺産分割に対する強制力を何ら持たない。

 

 遺言の種類は複数あり、代表的なものに「公正証書遺言」と「自筆証書遺言」の2種類がある。法的要件を満たすという上で、信頼が置けるのは「公正証書遺言」だ。

 

 役所で公証人の立会いのもとで作成し、アドバイスを受けながら作成するため、確実に法的要件を満たすことができ、紛失や改ざんのリスクもない。最もポピュラーな遺言の残し方といえるだろう。実際に公正証書遺言の作成件数は年間11万件超と、自筆証書遺言の5倍以上となっている。

 

 また、民法には、遺言書を日本語に限定する規定はない。つまり英語でも中国語でも構わないがその翻訳に当たって本人の意に沿わぬ解釈がなされる可能性は否定できない。その点、公正証書遺言なら通訳が立ち会って内容を日本語に訳し、本人の同意を得て日本語で文書を残すので誤解の余地がない。外国語話者が遺言を残したいなら公正証書遺言がお勧めだ。

 

 ただし公正証書遺言を残すにはコストがかかる。手数料は遺言書に書かれた財産の額に応じて増え、資産が1億円を超えるようなら数万円〜十数万円になる。また公証人以外に2人の証人が必要で、相続の利害関係者は証人になれないため、候補が見つからないということもある。その場合は役所に証人の手配を頼めるが、そうすると別途日当が発生してしまう。必要なコストではあるが、意外とお金がかかるのが公正証書遺言の欠点といえる。

 

「花押」はNG

 一方の「自筆証書遺言」は、その名の通り自分一人で書けることが魅力だ。場所を選ばず、費用もかからない。昨年3月の法改正によって、財産目録についてはパソコンで作成できるようにもなり、さらにハードルが下がっている。

 

 ただし、法的効果を発揮するためには最低限、①作成日付、②署名と押印、②本文が自筆――が絶対に必要な要件だ。また不動産には地番や地積が正しく記載されていることも、遺言が正しく遺産分割に反映されるためには不可欠だ。

 

 よくあるミスが「日付を書き忘れる」というパターンで、遺言書を書き上げ、時間をおいて内容を点検してから最後に日付を入れようとしたまま忘れてしまうケースが後を絶たない。

 

 また修正の手順ミスもよくある。一度書いた遺言書を訂正するためには、訂正部分に二重線を引いた上で、正しい文言をその左側(縦書きの場合)に書き、訂正印を押し、さらにどの部分をどう訂正したかが分かるように余白へ付記することが必須だが、最後の手順を忘れる人が少なくない。

 

 レアなケースとして、押印署名のミスもある。署名は自筆であればよく、カタカナやある程度の崩し文字でも認められる。また印も認印やシャチハタでよいのだが、戦国武将が使うような「花押」は認められない。実際に過去、「花押」が法的に無効とされた判決が最高裁で下されている。最高裁によれば、「印は文書が完成したことを確認するためにある。押印の代わりに花押を記して文書を完成させるという一般慣行や法意識はわが国にない」という。

 

 なお自筆証書遺言については、法務局で遺言を保管する制度が7月10日にスタートした。1通3900円で、本人が作成した自筆証書遺言の原本とデータを法務局が半永久的に保管する。遺言を紛失するリスクを防止できるが、内容をチェックしてもらえるわけではない点には注意が必要だ。

(2020/08/07更新)