5年で3倍!中小企業M&A

生産性アップで成長のカギに

引き継ぎたい経営資源は「従業員」


 合併・買収(M&A)を行った中小企業は、M&Aをしない企業よりも生産性が伸びて業績向上に結び付いているとするデータが、最新の中小企業白書で明らかになった。かつては大企業が行うものというイメージが強かったM&Aだが、近年では人手不足や高齢化を背景に中小企業同士の経営統合が増加している。特に人口減による後継者難が深刻な地方では、育て上げてきた事業を残し、リタイア後の生活資金も得られる手段としてM&Aが利用されている。買収する側は優良事業を買い取ることで自社の成長につなげるという流れが生まれつつあるようだ。


 中小企業庁が公表した2018年版「中小企業白書」によれば、M&Aを利用する中小企業の数は着実に増えている。中小企業のM&A仲介を行っている国内の上位3社の成約件数をまとめたところ、12年には157件だったのが17年には526件と、じつに5年間で3倍超に急増している。

 

 別のアンケートによれば、こうした専門仲介業者を挟んだM&Aは全体の2割弱に過ぎないというデータもあるので、銀行による紹介や相手会社との直接のやり取りを含めれば、実際には年間に数千件の中小M&Aが行われている。

 

 白書には、M&Aが企業に与える好影響も数字として表れている。経産省の調査結果をもとに、2010年に事業譲渡や吸収合併などのM&Aを実施した企業のその後の労働生産性の伸び率を調べると、M&Aをしていない企業に比べて5%ほど高かった(グラフ1)。M&A実施企業の平均的な労働生産性の伸び率は9・3%。言い換えれば、年間数千社の中小企業がM&Aにより、5年で10%弱の成長を実現していることになる。

 

 かつては大企業にしか関係のないイメージもあったM&Aが、いまや中小にまで広がりつつある背景には、経営者の高齢化と慢性的な人手不足がある。経営者年齢の山は60代後半となり、事業承継を考えようにも後継者が見つからないことも多い。さらに人手不足によって従業員が確保できず、単独では事業を継続していけないことも、M&Aが増える原因となっている。

 

 こうしたM&Aの増加は、買収や合併を行う企業からすれば、事業拡大の大きなチャンスに他ならない。白書では、実際に後継者難に苦しむ同業種の企業とM&Aを行った事例を紹介している。

 

吸収合併による〝乗っ取り〟は過去のイメージ

 徳島市に本社を置き、道路標識の設置などを手がけるアトム(従業員30人)は、公共工事需要の減少などから業績が伸び悩み、道路標識の製造にも進出したいと長年考えていたという。そこへ、県内で標識製造を行っているナカムラ広報のオーナー経営者から後継者難によるM&Aを打診され、06年に実施。類似性の高い事業については従業員を移籍させて当たるなど業務の効率化を図った結果、アトム、ナカムラ広報ともに業績が向上に転じた。ナカムラ広報は会社としても存続し、現在の社長はM&A以前から働いていた従業員に任せているという。

 

 この事例は徳島県のケースだが、人口減少や高齢化が進む地方では、今後このような中小M&Aが増加していく可能性が高い。特に60歳以上の経営者割合が約7割に及ぶ秋田県をはじめとする東北地方や、東北に次いで人口減少率が多く、さきほどの例にもあった徳島を含む四国は、全国に先駆けて高齢化や人手不足の影響が出ていると言えるだろう。東北、四国をはじめとする地方では、より中小M&Aの重要性が高まっていくことになる。

 

 M&Aは買収する側だけでなく、売却する側にとっても活路たり得るだろう。中小企業の廃業・解散は年間3万件に上り、倒産を上回るペースで発生している。そして日本総研の調べによれば、このうちの65・4%が「後継者不在」を理由としている(複数回答)。

 

 これらの、やむを得ず廃業を選ばねばならないという企業がM&Aを利用すれば、廃業にかかる事業の清算などから解放されるだけでなく、会社が自分の手を離れたとしても事業が残り、また経営者個人としても譲渡金などによってまとまった資金を得られることになる。さらに先に挙げた事例のように、M&Aといっても部分統合などにとどまり、会社そのものが存続する可能性もある。白書では、M&Aを行うと、買収された側の企業についても生産性が10%上がるというデータが出ている。

 

 もちろん親会社を持つ以上、これまでのような独立独歩というわけにはいかないかもしれないが、生き残りではなく飛躍の一手として、事業売却を考えることもあり得るだろう。

税優遇や補助金も充実

 もう一つ白書で着眼したいのは、M&Aの際に買収によって相手側から引き継いでもよいと考える経営資源を問う質問に対し、最も多かったのが「従業員」で、「顧客」や「技術」といったこれまでのM&Aで重視されてきた要素を上回っている点だ(グラフ2)

 

 その背景には、人口減による人手不足が中小企業の最大の悩みの種となっている現状がある。かつて中小企業にとってのM&Aといえば、大企業が中小企業を吸収合併し、ノウハウや顧客を吸い上げるだけ吸い上げて従業員を放り出すといった〝乗っ取り〞のネガティブなイメージが否めなかったが、現在の中小M&Aに限れば、中小企業同士が互いの強みを生かし合って相乗効果を発揮するために買収や統合を選ぶというケースが増えているわけだ。

 

 中小企業経営者の世代交代が喫緊の課題となるなかで、国も中小のM&Aを推進する様々な施策を打ち出している。経産省が昨年まとめた「事業承継5ヶ年計画」では、中小M&A市場の育成や地域の事業統合支援などを主眼に置き、国が運営する事業引継ぎ支援センターの人員強化、廃業に伴う個人保証や債務処理への支援などを打ち出した。さらに中小M&Aの支援に特化した仲介事業者の新規参入を促し、年商1〜10億円規模、仲介手数料1千万円以下のM&A支援に注力していく方針だという。

 

 また最新の税制改正では、株式交換によるM&Aの際に、株の譲渡益にかかる所得税を繰り延べする特例など、M&Aに関する税優遇が複数盛り込まれた。今回の改正内容が中小M&Aに今すぐ関係することは少ないかもしれないが、政府のM&A促進にかける意気込みの表れでもあり、今後さらなる税優遇が導入される可能性も低くはない。さらにM&Aを行った企業が新たな取り組みなどを行う際に最大1200万円を支援する補助金も新設され、今年の応募受付が7月上旬に始まるなど、まさに国を挙げてのM&A支援体制が構築されようとしている。

 

 2045年までに日本の人口は2割弱減ると予測されている。地方は特に顕著で、今後30年ほどで東北は30%、四国も25%人口が少なくなるとされている。人口減や高齢化が今後さらに進んでいくことが確実である以上、経営者にはこれまでとは異なる舵取りをしていくことが求められる。M&Aは、人口減少時代を中小企業が生き抜くための一手となる可能性を秘めていると言える。

(2018/06/29更新)