歯医者さんが狙われるワケ

自由診療というブラックボックス


 シリーズ税務調査の3回目は、歯科医院に焦点を当てる。医療報酬は基本的に保険診療であるため、税務調査で否認されることは少ないと言われてきたが、現実には「穴だらけ」(国税OB 税理士)とのことで、第2回で取り上げた弁護士(法律事務所)と同様に、税務署にとっては「オイシイお客」(同)なのだそうだ。数ある医療関係(ドクター)のなかでも、税務調査官が狙うのは歯医者さん。カギとなるのは、ずさんな棚卸し、いい加減な交際費、そして自由診療というブラックボックスだという。


 「弁護士や医者など、インテリはチンピラより扱いやすかった」。こう振り返るのは、東京国税局管内の税務署で15年にわたって調査官として勤めてきた国税OB税理士の一人だ。専門分野の士業者に対しては、ベテランの税務調査官でも構えてしまうことがあるのではないかと考えてしまいがちだが、調査官の本音は「総じて知的階層の人は理論合戦のテーブルに載ってくれるのでありがたいのです」とのことだ。生半可な知識を仕入れてきて「質問検査権の行使にあたっては…」などと借りてきた言葉で抵抗しようとする先生も多いそうで、そうなれば完全に税務調査官のペースとなる。

 

 一方、扱いにくいのは理屈が通らない人だという。映画『マルサの女』で伊東四朗扮するパチンコ屋の社長が、所得隠しがバレながらも、税務調査官の前でワンワン泣くシーンがある。結果、宮本信子扮する調査官は「今日はここまでですね」と税理士に告げて帰るが、「そういう相手が面倒」(同)なのだそうだ。

 

 そうしたインテリ層の士業者のなかでも特に歯医者さんが狙われるのは、診療報酬以外の部分での所得隠しが目立つためのようだ。前出のOB税理士によると、社会保険診療の部分でのミスは基本的にないが、「自由診療では間違いなく売上を除外していると調査官は見ている」という。推定無罪ならぬ推定脱税犯扱いでは、後述する申告納税制度の否定とも取れるが、それだけ実際に課税逃れが横行してしまっているということかもしれない。

 

 保険適用とならない治療には、高額治療が挙げられるが、最近は金やポーセレンなどは歯の治療材料として一般的に使用されているようになったことから、これらを使った治療の対価は、医療費控除の対象となっている。つまり患者が控除申請すれば、もしも医院がこれを売上除外しても税務署は簡単に裏が取れるということだ。

 

 そこで調査官が注目するのが、保険の効かない自由診療であり、かつ医療費控除の対象とならない治療だ。一般的に、「支出される水準を著しく超えると認められる特殊なもの」やホワイトニングなどの美容の意味合いが強いものが医療費控除の対象外となっている。これらは金額が大きいことに加え、患者に対する反面調査(調査対象の取引相手への調査)も難しいことから売上除外が図られることが多いという。

 

インプラント治療の未収金

 そこで調査官は、帳簿や患者リストを申告内容と突き合わせて確認するほか、院長の生活実態も徹底的に調べ上げる。帳簿上の収入に比べて、生活が派手であったり、住居や車が豪華であったりすれば、「何か隠している」と見られることになる。

 

 生活面でいえば、高級クラブでの豪遊は要注意だ。一般の企業役員と違い、医者や弁護士などの高給士業者は支払いをツケにせず現金やカードで済ませることがほとんどだ。そのため、課税庁が狙う「調査重点業種」の常連であるバーやクラブを調べている際に、大盤振る舞いをしている先生が目につくことがある。そうすれば、「次はコイツを狙ってみるか」と調査官が「リスト」に入れるのは自然の流れだ。

 

 また、クラブなどに関しては交際費計上の部分も指摘されやすい。中小医療法人の交際費は800万円まで、もしくは飲食費の50%までは損金計上が認められている。さらに個人医院(歯科医院)は上限がない。ただし、その立場上、飲みに行って医者の側が支払うというケースがどれだけあるかは考えなければならない。接待されることはあってもすることが少ないのは全ての士業者に共通することだ。銀座のクラブの領収書が毎月数百万円もあれば、当然ながら調査官は院長の個人遊興費と判断する。領収書には、疑いを持たれないように相手の名前などを可能な限り記しておきたい。

 

 歯科医院を狙う調査官の最近のトレンドは、やはりインプラントだろう。施術費が高額なことに加え、治療が長期化することで決算期をまたぐこともあり、いわゆる「期ズレ」が起きやすいという。さらに、未収金のままの状態にしていることも珍しくない。計上時期の扱いなどは間違いのないようにしたい。

 

 このほか、歯医者さんが狙われるポイントには、棚卸資産の記載漏れが挙げられる。在庫を抱える商売で税務調査の肝となるのは言うまでもなく棚卸資産であるが、それは歯医者さんも例外ではない。治療に使うオフィス内の材料や薬品のほか、歯科技工所に預けている在庫も忘れずに、税理士との連絡を密にして抜けのないようにしたい。

 

 また、金歯を回収し、それを売却したときは、必ず雑収入として計上しなれければならない。クリニックの規模によって、年間でどのくらいの金歯が「入手」できるのかを税務署は想定している。ひとつひとつは小さなものでも、過去数年にわたり否認されれば結構な額になる。

 

 調査官は医院のあらゆるところを疑ってくる。学会関係や研究図書費などについて、家事関連費がつけ込まれていないか、窓口で販売している歯磨き粉などは、メーカーから仕入れたものか、そのなかに試供品として提供されたものが混ざっていないかなど、うっかりミスは許されない。医療機器や薬品メーカーからのリベートも正直に申告したい。

 

 さらに、家族への給与も気を付けたい点だ。一般的に、個人事業主が法人成り(法人化)したときに、まず行うのは家族を役員にして給料を損金にすることだ。これにより合法的な赤字を常に作り出すことができ、法人税を免れることになる。

 

 ただし、家族への給与が社会的に適正な額であり、それに見合った働きをしていることが、税務調査では問われる。業務にほとんどタッチしていない妻に毎月100万円を支払っていれば、調査官が目を付けて当然であり、もちろんこれは歯科医院でも当てはまる。家族を使用していることになっているなら、一度同業の歯科医仲間に聞いてみるか、税理士に相談してみるかするべきだろう。

 

調査は任意だが拒否はできない

 戦前の日本の税務行政は、認定課税方式といって課税庁が一方的に課税額を決定して通知するものだった。言うなれば江戸時代の年貢と実質的には変わりない。それを戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が乗り込んできて、いわゆるシャウプ勧告により、納税者が主体的に納税義務を果たす申告納税制度へと180度転換した。お上の意識を一変し、昭和28年に出した税務運営方針では「納税者心理を破壊するようなあやまちを犯さない」「納税者に親しみやすい税務署とすることにつとめる」と宣言するに至っている。

 

 この申告納税制度のもと、課税庁(税務署)は必要に応じて申告内容の調査を実施している。これが質問検査権に基づく税務調査である。マルサ(査察官)の行う強制調査と混同されやすいが、一般の税務調査はあくまでも任意調査であり、犯罪者を取り締まる査察とは異なる。

 

 ただ、任意とはいえ、正当な理由がなく調査を拒否すれば1年以下の懲役または50万円以下の罰金という罰則の対象となるため断ることは基本的にできない。税務業界では「受忍義務」などといわれて、その是非が裁判で争われることもあるが、受忍とは言い得て妙と言わざるを得ない。

 

 こうした受忍のもと、納税者は税務調査を受け入れ、調査が行われる。長いこと来なくても、いつかはきっと来る。そして課税庁と納税者は相互信頼をうたいながらも、調査官は税金をより多く取るのが仕事ということを納税者は忘れてはならない。

 

 調査は基本的に過去3年から5年にさかのぼって行われる。二重帳簿などによる悪質な所得隠しとされれば7年だ。否認された事項につき、過去7年にわたって納め直し、さらに50 %にも上る罰金まで加算されれば、医院の存続すら危ぶまれることにもなる。経費になるもの、資産として計上するもの、給与の適正化、帳簿の管理など、いつかは必ず来る税務調査に備え、日頃から準備をしておきたい。

(2017年6月号)