ツッコミどころ満載の建設業

地元対策費、架空人件費、降り賃……


 これまで本シリーズでは、税務当局の近年の傾向などから「意外に狙われている業種」として、宗教法人や医業、法律事務所などを取り上げてきたが、今回は税務調査官から「税務調査先の王道」と呼ばれる建設業に焦点を当てる。取材に応じた元調査官は、「建設業の帳簿は穴だらけ。ツッコミどころ満載で調査官のやりたい放題ですよ」と語る。建設業のどこに穴があるのか。そして税務署にとって「オイシイお得意さん」となっている原因は何なのか。当局の狙い目などを探った。


税務調査先の王道

 税務調査は、通常の調査であれば税務署から「事前通知」の連絡があるまで「来るのかどうか」は分からない。また、国税局による査察(マルサ)の場合には、自宅や会社のチャイムが鳴る瞬間まで、その動きを察知することができない。

 

 ただ、全体の傾向としては毎年の「重点調査業種」からある程度の予想をすることが可能だ。これは国税庁や国税局が管轄する配下の税務署に対して、年間の「狙いどころ」を指示したもので、いわば本店から支店に対するノルマといえる。重点業種を指定された各税務署は調査実績についての報告が求められ、その結果は支店長である署長の評価にもつながるだけに、各税務署とも指定業種の調査にはおのずと力が入る。

 

 重点調査業種に指定されているのは、一般的に不正の発見割合が高いものと見られている。つまりは「叩けばほこりが出る業種」ということだ。10年ほど前までは建設業が不動のトップに居座ってきたが、ここ数年は「バー・クラブ」や「パチンコ」「廃棄物処理」が当局の「上得意」の位置を占めている(表)。

 

 これは建設業への当局の注目度が下がったのかというと、実はそうではない。2010年以降、国税庁が「建設業」という枠を「一般土木建築工事」「土木工事」「管工事」などに分類したことによるもので、最新の数字でもベスト10に3業種が食い込むなど、「建設業」が筆頭格であることに変わりはない。

 

「ネタがなければ期ズレであげる」

 建設業が当局にとって「オイシイ」業種である理由について、姉妹紙『納税通信』で「税務調査の実態と調査官の本音」を連載する元調査官の松嶋洋税理士は「一にも二にも建設業は期ズレが発生しやすい業種だから」と語る。ひとつの事業(工事)が長期にわたることが珍しくない建設業では、売上を前後どちらの期にするか迷うことが多いためだというのだ。必ずしも不正目的に限らず、通常の処理でも起きてしまう可能性の高い業態だという。この「期ズレ」を最初から主要な眼目に据えている調査官も多く「ネタがなければ期ズレであげればいい」といわれるほど、ネタの宝庫になっている。

 

 具体的には、建物などの引き渡し日について、経理上の確認(検収)が遅れていることから翌期に売上を繰り延べていたり、別契約の追加工事が発生したことで本契約の売上もずらしたりしている場合に「期ズレ」が生じやすい。

 

 微妙な扱いの売上を見つけると、調査官は収益計上の時期の妥当性を疑い、また利益の減少を図る目的で翌期の工事を繰り上げ計上していないかなどの点を突いてくる。工事の時期に原価が発生していないケースなどを、調査官はしっかりと追及してくる。

 

 また、原価(材料費)については、作業用器具などが同一の払いになっていると、純粋な原材料と想定される金額をはるかに上回ることもあるが、そうした際にも調査官は見逃さずに質問してくる。請求書などの原始記録に加えて現場の写真などで説明できるようにしたい。材料費関係では端材(くず資材)の処分収入や預け資材が抜け落ちていることが多いという。また、仕損品や未着品など、棚卸資産関係も計上漏れが目立つ部分となっている。機械設備の耐用年数も含め、気を付けたいポイントだ。

 

 さらに最近は架空人件費についての追及が厳しくなっているようだ。今年に入って建設業の顧問先への調査に2度立ち会った都内の税理士によると、以前は給与明細や源泉徴収簿などを人件費の証拠としていたのだが、最近は市町村に提出する給与支払報告書の提示を求められるようになったという。たしかに、給与明細などは自社で作成するため何ら客観性のあるものではない。追及が厳しくなっているということは、実際に架空人件費で悪さをする輩が増えているということだ。痛くもない腹を探られる身にとっては全く迷惑な話だが、当局がそういう姿勢である以上は、きちんと説明できるように資料は整えておかねばならない。

 

交際費関係はネタの宝庫

 こうした人件費や原材料費、さらに長い工期による「期ズレ」は建設業への調査の本道だが、建設業がツッコミどころの宝庫と言われるのは、何といっても交際費関係だ。良い悪いは別にして、建設業は表に出にくい金が不可欠の業態ということは疑う余地がない。税務調査官もそうした事情は重々承知で、それぞれの費用について狙いどころを熟知している。

 

 まず、表に出にくい金の筆頭には、工事受注にあたっての謝礼金が挙げられるだろう。指名にあたっての設計監理者、合い見積もりを取り仕切る管理組合の役員、公共工事であれば役所の担当者など、手厚い「御礼」を求める相手は多い。さらに、工事への反対運動を鎮めるための「地元対策費」などは相当な額に上ることもあるが、やはり表に出しにくい金だ。そのほかにも、公共工事の談合で、イレギュラーな順番で受注した際には、手を下ろしてくれた業者に「降り賃」を支払う暗黙のルールもある。

 

 こうした際には、科目を仮装して計上することになる。また、これらの支出であっても「交際費」としていれば、経費としては認められないが、否認されることはまずない。

 

 ただ、経費と交際費の中間のような費用には扱いが難しいものも多い。かつて大手プラントメーカーの荏原製作所は、工事受注に際して談合で辞退した同業者に支払った「降り賃」を外注費として計上したところ、東京国税局から所得隠しと認定されたことがあった。認定額は2年間におよそ3億円にのぼった。所得を隠す意図があったのかどうかは不明だが、いずれにしても当局の厳しいスタンスがよく分かる事例と言えるだろう。

 

 建設業は、他業種が決して知ることのないような「諸経費」がかかる業態だ。だからこそ重点調査業種という不名誉なレッテルを貼られている。しかし、それでも税務調査は粛々と受け入れるしかない。重要なことは、たとえ談合金のような後ろめたい支出であったとしても、税務調査対策としては、その「悪さ」の証拠もきちんと残しておくほうが賢明ということだ。

 

 税務調査にあたっては、全国524の税務署の目利き腕利きの猛者たちが、いかに効率よく、そしていかに多額の不正を発見するか、常に目を光らせている。「ウチのように小さな会社には調査は来ない」「去年あったから当分はないだろう」と、根拠のない楽観視は禁物だ。税務調査は必ず来る。そしてそれは今日明日かもしれない。「いつでも来い」の心持ちで、準備を怠らずにいたい。

(2017年10月号)