過労死の労災補償状況

消費税増税で中小に過重労働のしわ寄せ


 消費税はエンドユーザーからの預かり金などと言われるが、実際の商取引のなかでは力の弱い側が自腹を切って納めているのが現状だ。それは制度導入の当初より続く高い滞納率が示すとおりだ。そして10月からは重税の度合いがさらに増す。消費税は発注者から受け取っていなくても徴収される税金だけに、中小企業の経営者は汗をかき、そしてときには従業員に過重労働を強いてでも納税資金を工面しなくてはならないだろう。だが、その頑張りの結果、身体を壊し、死に至るようなことだけはなんとしても避けたい。


 厚生労働省が今年6月に公表した2018年度の「過労死等の労災補償状況」によると、脳・心臓疾患に関する労災請求件数は877件で、前年比37人増。請求件数のうち死亡に関するものは254件で前年比13人増という結果だった。死亡を含めた労災請求件数は5年前の763件から一貫して増加傾向にある。請求件数の多い業種は、「運輸業、郵便業」197件、「卸売業、小売業」111件、「製造業」105件の順だった。

 

 業務上の過労や長時間労働によって自殺などを引き起こす現象は世界的にもまれで、いまや「カロウシ」は世界に通じる日本語として認識されるに至っている。

 

 過労死の認定基準は労働基準法施行規則で定められ、その第8号には脳・心臓疾患すなわち過労死について、第9号には精神障害つまり過労自殺についての記載がある。

 

 従業員の死について業務と発症の関連が「強い」とされる基準は、発症から前日までに「異常な出来事」があったとき、1週間内に「特に過重な業務」があったとき、6カ月間に「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」があったときなどのほか、1カ月内に時間外労働が160時間を超えたときなど具体的数字でも示されている。

 

 過労自殺についても長時間労働がある状況での評価では、2カ月連続で時間外労働が120時間以上であったときや3カ月連続で100時間を超えたときなどが「具体的な出来事」として心理的な負荷との関連が「強い」と明記されている。

 

労災保険だけではカバーしきれない

 そのため、過労死や過労自殺に関して労働者側の遺族と会社が争いになったときには、まずはこの基準に達しているかが問われることになる。そして国が定めたこの基準に達していない「微妙なとき」の判断が難しく、「争いが長期化することも多い」と都内の社会保険労務士の一人は語る。

 

 遺族側からすれば、労災認定を得ていれば裁判をするにしても示談交渉を進めるにしても非常に大きな武器になるため、労災に詳しい社労士や労働組合などが遺族側についたときは労災認定を先に取りに行く傾向が強いそうだ。一方、弁護士が主導しているときは、面倒な労災認定を避け、すぐに裁判に持ち込むケースが多いという。

 

 会社側としては、相手の出方によって対応も変わってくる。中小企業経営者は、貴重な人材を失ったうえ、莫大な損害賠償も抱えることになるなかで、真摯な対応に加えて、その後の企業運営も視野に適切な判断が必要になる。

 

 前述の社労士は、「駆け引き上手な社労士には労災申請をチラつかせて脅しにかかる人もいる。会社がどう対応するかは状況によるだろうが、冷静に判断すべき」とアドバイスする。確かに労災認定されれば労基署の調査は全ての事業所に及ぶこともあり、また公共工事への指名停止や取引先へ与える悪印象など、会社へのダメージは大きい。とはいえ、「よく分からないけど妥協しておくという判断は、残る従業員への影響も考えるとお勧めできない」と語る。

 

 従業員の過労死によって会社が請求される慰謝料は、およそ2千万円から3千万円。通称「赤い本」と呼ばれる『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』により算出されるのが一般的だ。これに、逸失利益が上乗せされ、さらに葬儀代などの雑費も加わることになる。

 

 会社は業務災害による賠償責任をカバーするための労災保険に強制加入しているものの、労災はあくまでも賃金部分を補うものであり、全体をカバーするには全く足りない。そのため、会社に支払い能力がない場合には遺族によって裁判が起こされ、会社が負ければ差し押さえと強制執行で支払金に換える。ただ、それでも莫大な損害金には届かないことが目に見えているときは示談になり、月々の支払額を決めているのが現実だ。

 

労基署の「業績主義」も影響

 自殺の原因となった精神障害をはじめ、業務上の事故や疾病に対する会社側の安全配慮義務を問う風潮は社会的にも大きく高まっている。これには順次施行されている働き方改革関連法などの浸透に加え、労基署の「業績主義」の影響も少なくないようだ。

 

 都内の別の社労士は「労基署の職員は行政指導の件数にノルマを課せられているようで、とにかく指導が細かくなっている。50人未満の企業に義務付けられている安全衛生推進者の選任義務違反など、以前は問われなかったような小さな点を突いてくる」と中小企業に厳しい現状を語る。

 

 ようやく中小企業も黒字の割合が増えはじめ、長い不況のトンネルを抜けつつあるのかと思った矢先に、大増税が到来し、加えて追い打ちをかけるように労基署の調査もシビアになる。中小企業を取り巻く環境は厳しさを増しそうだ。

 

 たとえ赤字であっても消費税からは逃げられないため、企業は従業員を酷使してでも納税資金を準備しなくてはならない。だが、それにより身体を壊すようなことがあっては本末転倒だ。人を幸せにするための税金で人が殺されてしまってはならない。

(2019/10/02更新)