厚労省によれば、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になるという。だれにとっても無関係とはいえない問題だろう。中小企業経営者が認知症を発症すれば、たちまち事業継続の危機に直結してしまうかもしれない。だれもがなり得る認知症に、経営者はどのように備えるべきか。近年ブームとなりつつある認知症保険の使い方を含めて知っておきたい。
中小企業経営者が認知症になってしまった場合、会社が直面するリスクは大きく分けて4つあると言われる。まずは契約行為の問題だ。何らかの契約に社長がハンコを押しても、その時点で社長が認知症を発症していて意思能力がないと判断されると、契約は認められず無効になってしまう可能性がある。逆に軽度の認知症になった社長が、押すべきハンコを押さなくなることも考えられる。
2つ目は、借入金の問題だ。中小企業への融資は、銀行と社長の信頼関係で成り立っていることがほとんどだ。社長が認知症になれば運転資金の融資が受けられなくなり、来月にも資金繰りに困るかもしれない。まさに事業継続リスクそのものだ。
3つ目として、事業承継の問題がある。認知症になれば、社長は議決権を行使できなくなる。社長が自社株の大半を持っているようなケースだと、議決に必要な定数を満たせず、二代目へのバトンタッチが難しくなることもあり得る。事業承継にかかわらず、総会での議決が必要な経営判断すべてに同じことが言えるだろう。
最後は、社長個人の資産管理の問題だ。認知症になると法律行為を行えず、不動産や預貯金、自社株を処分できなくなる。対策が不十分なまま相続が発生してしまえば遺産分割協議が荒れるおそれもあり、事業用に使っている土地・建物が社長の個人名義であればそれも処分できず事業承継もままならない。
認知症を発症した後でも、家庭裁判所を通して法定後見人を付けるなどの対策は取れる。しかし事後の対応には労力がかかり、財産管理も硬直的にならざるを得ない。安定した事業継続や資産承継のためには、発症前に対策を講じておくことが重要となる。
現状、発症前に取れる対策として代表的な手法は「信託」だ。家族に限らず、信頼できる誰かに財産を託す方法で、信託先や信託内容を自由に選べる民事信託が数年前に登場し、認知症対策としての利用が広まりつつある。もっとも民事信託は比較的新しい制度なだけに税務上の解釈が定まっていない部分があり、そもそも信頼して財産を託せる相手がいるかなどの課題がある点は留意したい。
事業継続を保障する方法としては、自社株に「経営者が認知症を発症した時は、後継者がその議決権を有する」といった制限を付けることも考えられる。もし社長が認知症になってしまっても、会社の経営にすぐさま支障をきたすことがなくなる。ただし後継者がすでに決定している必要があり、綿密な事業承継計画とセットでの対策が求められることになる。もっとも、認知症を別にしても事業承継への備えは進めておくべきではある。
認知症にかかる前であれば、法定後見ほど制約の厳しくない「任意後見」を使う道もある。任意後見では自由に後見人を選ぶことができ、裁判所の選んだ監督人が付くため財産の私的流用などにも監視が効くのがメリットだ。ただし民事信託より監視などの目が行き届く分、財産管理の幅には制限が付くという短所がある。
近年存在感を増しつつあるのが、数ある疾病のなかでも認知症にスポットを当てた「認知症保険」だ。2016年に太陽生命が発売して以来、契約者数を徐々に増やし、この秋には損保ジャパン日本興亜ひまわり生命、東京海上日動、第一生命などの大手が相次いで発売を決定した。
詳細は商品によって異なるが、おおむね認知症と判断されれば一時金、あるいは年金形式で、治療費やその後の介護費用を受け取れるといった仕組みだ。法人契約が可能なものもあり、会社が経営者個人に保険をかけ、受取人を会社にする形での契約も増えているという。
企業が加入する生命保険といえば、高い貯蓄性や解約返戻金による内部留保の蓄積といった税務・財務面での貢献が期待されるものが主流だといえる。認知症保険にも税金面での効果を期待したいところだが、生命保険の税務に詳しい高橋博税理士(東京・新宿区)によると、現在販売されている認知症保険は、そのほとんどが返戻率ゼロの掛け捨てタイプであり、貯蓄性はほぼないと言ってよいそうだ。少数の例外はあるものの、「原則として貯蓄型の保険商品のような役割は期待できない」と両者の違いを語る。
認知症保険への法人加入が増えているのは、純粋に企業として経営者の認知症リスクに備える必要性が高まっていることが理由だと言える。経営者が認知症を発症した時、会社が受け取った保険金で一時的な資金リスクなどに対応するわけだ。また他の保険商品に比べれば加入の際に求められる健康状態の条件が厳しくないことも、高齢経営者に人気の秘けつとなっているようだ。
認知症保険に税金面でのメリットがまったくないわけでもない。他の掛け捨てタイプの保険商品と同様に、認知症保険は保険料を会社の経費として落とせるため、経営者の認知症リスクに備えながら会社の利益を圧縮することが可能だ。また前述の高橋税理士は、「認知症保険に会社として加入し、後で契約者を社長個人に変更することで、社長は保険料負担や税負担なしに保険金を受け取れるというスキームは考えられる」と、社長個人の資産形成につながる可能性に触れた。今後の商品展開次第では、認知症保険が経営者の間でさらなるブームとなる可能性もありそうだ。
(2018/12/28更新)