首相の代わりはすぐに見つかるが、社長の場合はそう簡単にはいかない―。特に組織が経営者と一体不可分である中小企業であればなおさらだ。たとえ持病が悪化しても簡単に辞意を表明するわけにはいかず、多くの社長は療養しながら経営を続けることになるだろう。その際の役員報酬や見舞金の処理が、国税当局と争いになることもある。無理なく損金化して憂いなく経営を続けるために知っておくべき注意点を調べてみた。
役員報酬を会社の損金にするには、原則として1カ月ごとなど決められたタイミングで毎回同じ額を支払わなければならない。恣意的に支給額を変えて全額を損金にできてしまうと、会社の利益が多い時に役員給与を増やして法人所得を減らすという利益調整が可能となってしまうためだ。
役員給与を減額する場合でも原則として損金算入は認められない。仮に事業年度の途中に臨時株主総会で月額100万円から60万円に下げたとすると、増額前の支給分にさかのぼって差額の40万円が損金不算入となってしまう。
事業年度の途中での金額変更は、報酬の増減の背景に「やむを得ない事情」があると認められると損金化が可能となる。この「やむを得ない事情」には、天災事変などに加え、役員が大病を患い、従前と同様の仕事をできない状態になったケースも含まれている。
つまり、療養により仕事量を減らした社長の給与を減額しても、当然ながら全額を損金にすることが可能となっている。同様に、社長の体調が回復したことで報酬額を元に戻す増額改定の際にも損金化が認められる。
入院中も退院後も仕事の実態に即した報酬額でなければ損金化は難しいが、問題はその線引きが極めてあいまいであることだ。国税不服審判所の裁決でも、入退院によって変更した役員報酬の適正額を巡って争いになった事例をいくつか見つけることができる。
ある会社では、体調を崩した社長を取締役に分掌変更するとともに月額報酬を100万円から50万円に減額した。数年後、入退院を繰り返しながらも仕事を続けた元代表に対し、会社は報酬を再び100万円に変更したうえで損金算入したところ税務署に否認された。
国税当局の言い分は、病気がちでオフィスに顔を出す機会が減っていた元代表の報酬月額について、2倍にする特段の事情がないということだった。
報酬の適正額を巡って争われたこの不服申し立てでは、元代表が増額に見合う仕事をしていたことから審判所は会社の言い分を認めた。新しい代表は社長就任後も経営全般について元代表の指示を受けており、審判所は元代表が「絶対的な支配権」を持って、営業、人事労務、資金調達の全ての分野で深く関わっていたと判断した。
また元代表の報酬月額の増額は入院前の金額に戻すものだったが、その入院時から増額時までの間に他の役員の報酬は最大10割増しになっているなど、元代表の増額が特段大きなものではなかったことも判断材料のひとつとなった。
できるだけ多くの額を損金にするには、報酬額の根拠となる証拠を残しておくことが重要だ。例えば株主総会に参加して議事録に押印すれば、療養中でも経営に携わっていたことを示すことができる。また金融機関からの借入に必要な書類への署名押印も会社の資金調達の判断に深く関わってきたことを示す証拠になる。
たとえば「会社の忘年会に出席してあいさつをした」、「代表の名刺を発注した」といった程度のことでも、療養中に仕事をしていたことの証拠となり得るので、めぼしい文書は残しておくようにしたい。
役員の入院を巡っては、月額報酬だけではなく、会社が「見舞金」などの名目で支払う一時金についても注意が必要だ。国税当局に高額とみなされた部分は損金にできず、役員個人の給与所得として課税対象となる。
ある建設工事業者は、1年間で9回入院した役員に対して合計約400万円を「見舞金」の名目で支払い、その金額を損金にしたことで税務署と争うこととなった。最終的に審判所は、その事業者と類似する規模・業種の法人の見舞金を調べ、入院1回当たり「5万円」が社会通念上妥当な金額と判断し、9回分の45万円を超える部分は損金とするべきではないとしている。
また見舞金を支払う時期については、入院中や退院直後が一般的であることから、退院から数年経ってから支払われたものは、たとえ「見舞金」の名目でも損金算入が認められない可能性が高い。その際は賞与として課税されてしまうので注意しなければならない。
入院した役員の報酬や見舞金などは、社会的に非常識なものでなければ本来は企業ごとに決定できるものであり、当局にとやかく言われる筋合いではない。だが、その境界線はあいまいで、争いに発展してしまうケースもある。事業者側としては、あらゆる資料を残し、正当な金額であるという根拠を示せるようにしておきたい。
(2020/11/06更新)