2017年度税制改正大綱が固まる年末に向けて、各省庁から財務省にさまざまな要求が出されている。そのなかで、「株式の評価」にまつわる要望を出しているのが金融庁と中小企業庁だ。要望の対象は金融庁が上場株式、中企庁は非上場株式とそれぞれ異なるものの、実現すればともに中小企業の相続と事業承継に大きな影響を与えることになりそうだ。要求の中身から、相続対策に与える影響をしっかり確認しておきたい。
上場株式を相続税の課税財産として評価するに当たっては、相続発生日の取引所最終値が基準となる。つまり相続時の時価がそのまま100%評価額になるわけだ。だが他の種類の財産に目を向けてみると、土地は公示地価の8割程度、建物はおおよそ建築費の5〜7割程度、ゴルフ会員権は市場取引価格の7割と、相続税評価に当たって減額を認められている。
換金性の高い上場株式は時価評価が妥当との意見もあるなか、金融庁は改善を求めている。上場株式は相続発生時から遺産分割協議を経るまでの一定期間は譲渡が認められないなどの制限があるにもかかわらず、その間の価格変動リスクが考慮されていないとして、リスクに見合った減額措置を行うべきだと2017年度税制改正に向けた要望書で提案した。金融庁が求めたのは、上場株式を相続財産として評価する際には時価から1割差し引くという新ルールだ。仮に時価1億円分の株式を持っていれば、相続税評価は9千万円になる。
相続発生から相続税の納付までの10カ月で株式の価値は驚くほど変わることもある。中国市場の混乱から株価が乱高下した今年の頭から半年で、株価は約7%〜12%下落した。東日本大震災では約17%、リーマン・ショックに至っては約22%も上場株式の価額は減損している。これらのリスクを考慮した結果、1割程度の減額が適当であると金融庁は算出した。さらに、予想した変動リスクをも超えて著しく株価が下落した時には、減額幅を上乗せすることも要望した。
見直しによって最も大きな影響を受けるのは、これらの株式を大量に持つ上場企業の経営者一族だ。彼らの相続税の負担が大きく軽減されることになるため、一部の超富裕層を優遇するための政策であるという点は否めない。
ただし上場株式の評価ルール見直しは中小企業にも十分関係がある話だ。資産形成などを目的として株を持っているという経営者は多く、保有株式はこれまで時価で評価されてきた。これが1割減となれば、資産を株で持つ意味がにわかに増してくることになる。
これまでは「たまたま相続財産のなかに株が含まれていた」のが、見直しが実施されれば「相続対策として積極的に現金を株に換える」という判断も出てくるだろう。株価は変動するので当然リスク管理は必須だが、相続税の対象資産を1割圧縮できる手法として普及する可能性は十分にある。
金融庁は、16年度改正でも上場株式の評価減を求めていた。その時は「7割評価」を要望していたので、今年はやや譲歩して挑む2年目ということになる。その実現可能性はいかほどか。来年4月に予定していた消費増税が延期されたこともあり、財源不足を懸念する財務省としては、税収減につながるような改正には首を縦に振りづらい。しかし安倍政権では株高が景気浮上をけん引するとの考え方が強く、これまでも日銀と年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による国内株式の買い支え、少額投資非課税制度(NISA)の導入と、「貯蓄から投資へ」をスローガンに各種政策を実施してきた。金融庁の要望が実現すれば相続対策として手持ちの現金を株式投資に回す人が増えることから、たとえ財務省が渋っても政府のゴーサインによって大綱に盛り込まれる確率は低くない。
上場株式の評価ルール見直しを求める金融庁以上に、中小企業にとって影響が大きいのが中企庁の要望だ。中企庁は17年度改正に向けて、非上場株式の評価ルールの抜本的見直しを求めている。
中小企業の自社株は取引相場がないため、類似業種の上場企業の株価などを参考に資産価値を推定している。中企庁はこの「類似業種株価」が、昨今のグローバル経済の発展などによって上場企業の株が急激に上がり、中小企業の株式評価を実態にそぐわぬ形で押し上げ過ぎていると指摘した。儲ける大企業と苦しい中小企業との業績の差が拡大するなかで、中小の自社株が大企業の株価に引っ張られているという。中企庁はそうした状況を踏まえ、「中小企業等の実力を適切に反映した評価」方法の導入を強く求めた。
上場株式の値上がりにつられがちな評価の是正という理由からも分かるように、見直しが実現すれば多くの中小企業にとっては、自社株の評価額が今より低い所で落ち着くことになるだろう。中小企業の事業承継では自社株引き継ぎの際に生じる税負担が大きなハードルとなっており、倒産を大きく上回る勢いで廃業・解散が増加している理由ともなっている。導入されれば、円滑な事業承継の大きな助けとなることが期待される。
自社株評価ルールの見直しについては、政府も16年度大綱で「取引相場のない株式の評価については(中略)適切なあり方について早急に総合的な検討を行う」と明記していたことからも、何らかの措置を講じる必要性を感じていることは間違いない。ただし新たな評価手法について具体的な検討が進んでいるとはいえず、年末までの短い時間で検討を詰めきれるかは微妙な情勢だ。
株式評価のルール見直しは上場、非上場にかかわらず、経営者の相続や事業承継対策に大きく関係するテーマだ。今後の改正議論の流れを見据えた上で、なるべく損をしない資産引き継ぎの方法を専門家と相談の上で見つけていきたい。
(2016/11/02更新)