経営者個人が会社に貸したお金が相続発生時に残っていると、全額が相続財産に計上され、残された家族に税負担が重くのしかかることになる。最初はわずかな金額でも長年積み重ねた結果、想像以上に大きく膨らむこともあり、放置してはおけない問題だ。単純に債権放棄をするだけでは別の形で税負担が発生することになり、中小企業オーナーは、賢く計画的に会社への貸付金対策を講じる必要がある。
資金繰りが厳しくなったときの当座の運転資金として、社長個人が一時的に会社にお金を入れるというケースは珍しくない。経営状況が苦しくなくても、支払いが入金より先に来てしまい、そのタイミングで手元に現金がないため社長個人が立て替えることもあるだろう。
建設業やIT業であれば、業界の慣例として支払いが先んじることも多いようだ。そうしてできた借金は、資金繰りに余裕のある時に返せばいい話だ。だが事業は常に動いているものだから、なかなか理屈通りにはいかない。返却期限が決められているわけでもない身内の借金ということもあり、心理的にも日々の払いのなかで後回しにしてしまいがちだ。一時的に返したとしても、一度便利な方法として覚えてしまえば借金を繰り返し、気が付けば数千万円に膨らんでいるというケースも起こり得るだろう。
会社への貸付金は、言うまでもなく社長の債権となる。社長の身に何かが起こって相続が発生すれば、すべてが相続財産として課税対象となるわけだ。仮に会社へ1千万円貸したままになっているケースでは、課税財産の総額が7千万円だとすれば相続税率は30%なので、貸付金だけで税負担は単純計算で300万円になる。
手元に現金としてあるわけでもなく、将来的に返してもらえる当てがあるわけでもない借金のツケに対して、数百万円から数千万円の税負担が発生してしまうのは余りにも馬鹿らしい話と言わざるを得ない。
このような事態を防ぐためには、相続の発生までに会社への貸付金を限りなくゼロに近づける必要がある。そこで真っ先に思い付くのは、社長が借金をチャラにすること、つまり債権放棄だろう。返ってくる保証のない借金に相続税がかかるなら、いっそ帳消しにしたほうがマシというのはもっともで、分かりやすい方法の一つと言える。
だが債権放棄にはいくつかの問題が付きまとうため、必ず解決策をセットで考えなければならないことに注意したい。
まず最大の問題は、借金を帳消しにしてもらった会社に「債務免除益」が発生し、法人税がかかる可能性があることだ。この問題への対応策は2つあり、1つは繰越欠損金を使って利益を打ち消すやり方だ。
借金返済に苦しむ会社は赤字であることが多い。繰越欠損金があれば、数年にわたって赤字の範囲内で少しずつ債権を放棄していくことで、債務免除益を一切出さなくて済む。
2つ目は債権にかかる相続税負担と、債務免除益にかかる法人税負担を比べた上で、あえて法人税を受け入れるという考え方だ。相続財産や会社の規模にもよるが、中小法人には法人税の軽減税率が認められているため、単純計算で相続財産が3千万円超であれば法人税のほうが「お得」ということになる。
債権放棄のもう一つの問題は、帳消しにしてもらった分の利益が会社に発生し、自社株の評価が上がるという点だ。自社株評価はそのまま相続税負担にもつながるため、なるべく評価額は下げておきたい。この場合には、同一事業年度に設備投資などを行って同額の損金を計上することで株価の上昇を抑えることができるだろう。
どの解決策を採用するにせよ共通しているのは、今日明日にすぐできる方法ではないということだ。会社の経営計画とも照らし合わせながら、他の相続対策と組み合わせて進めていくことが求められる。数十年かけて膨らんだ会社への貸付金をうまくゼロにするためには、相応の時間をかける必要があることを認識せねばならない。
数年をかけて貸付金をゼロにする方法としては、生命保険を活用する手もある。支払保険料の半分が損金となる法人加入の養老保険の福利厚生プランを使い、満期保険金の受取人を会社としておく。年々支払う保険料のうち損金計上する額と同額を債務免除してゆき、満期を迎えたあかつきには、保険金から残額を返済するというやり方だ。
さらには同じ保険でも満期保険金の受取人を社長として、会社が支払う年々の保険料という形で借金を返済し、それと同額を債務免除していくというやり方もある。この方法では満期を迎えた時に保険金という一時所得が社長に発生するものの、返してもらう当てもなかった貸付金という不良財産が現金という「優良相続財産」へと生まれ変わるわけだ。
その他、DES(デット・エクイティ・スワップ)と呼ばれる方法も覚えておきたい。社長が債権を会社に現物出資したという形をとり、その代わりに会社は経営者に自社株を割り当てるというやり方で、いわば貸付金が株式に変わることになる。その後自社株の評価額を下げれば相続税負担を抑えられるし、会社の自己資本比率が上がるため金融機関からの融資が受けやすくなるという副次効果もある。
ただしこの手法でも、会社に債務免除益が発生するため、法人税負担への対策を行わなければならないことに気を付けたい。今年5月には、顧問税理士の勧めにしたがって同方式を採用したものの、債務免除益について考慮していなかったため3億円を超える税負担が発生したとして損害賠償を求める裁判の判決があった。
裁判では顧問税理士が説明責任を果たさなかったとして全額の賠償を認めたが、ここから分かるのは税務の専門家であってもミスが起こり得るという事実だ。
会社への貸付金は長期計画のもとに時間をかければ、確実に解消できる問題でもある。しかし社長に健康問題が発生してから慌ててやればミスが起きかねないことを踏まえ、決して先送りにせず今から対策を講じたいところだ。
(2016/08/29更新)