115億円の追徴課税を巡ってサッポロビール社と国税が争う裁判の判決が下され、東京地裁はサッポロの請求を棄却した。同社は「極ZERO」を世界初の製法による第3のビールとして発売したが、国税庁から酒税法上の発泡酒に当たる可能性を指摘されていったんは自主的に差額分を納付、その後返還を求めたが拒まれたため裁判所に訴えたものだ。この裁判では、税法の「立法趣旨」が司法判断の決め手となったことがうかがえる。
古田孝夫裁判長は判決文で、「製造工程や各種データを検討した結果、極ZEROは第三のビールに該当しない」と、サッポロの訴えを退けた理由を説明した。裁判では企業秘密である製法などのデータが提出されていたことから、同社が証拠の非公開を求め、判決についても閲覧が制限されて詳細は明らかにされていない。同社は判決を受け、「判決内容を精査し、今後の対応を決定する」とコメントするにとどめた。
サッポロと国税の長い戦いは、2013年に端を発する。同年6月に同社は「世界初の製法」をうたい、新製品「極ZERO」を発売した。ビール系飲料のなかで最も税率の低い「第3のビール」として売り出し、価格の安さと健康志向で消費者の心をつかむことに成功。発売から半年で約3360万ケースを売り上げた。
しかし翌14年1月、国税庁から「第3のビールではなく発泡酒に当たる可能性がある」と製法を照会されたことで状況が変わる。もし発泡酒なら酒税は第3のビールの約1・7倍となり、それまで売り上げた分にかかる酒税の差額115億円を納税する義務が生じる。この時点で「発泡酒に当たる」とはっきり指摘されたわけではなかったが、同社がここで採った判断は「先んじて115億円を納付する」というものだった。
未納分の税金は、納めるのが遅れるほど延滞税が多くかかる。同社としては、これ以上負担が増えないよう納めるだけ納めておいて、第3のビールだと証明できれば後から返してもらえばいいといった考えだったのだろう。事実、その後サッポロは社内で検証を行い、改めて「第3のビールであるとの確証を得た」として国税当局に115億円の返還を求めた。しかし、それを国税が拒否したため、両者の対決が始まった。
判決文を見る限り、裁判で争われたのは自主納付から返還に至る手続きの瑕疵(かし)などではなく、あくまで「極ZEROが酒税法上の第3のビールに当たるか」の一点だったようだ。酒税法ではビールや発泡酒を「発泡性酒類」と定義づけ、さらに原材料の割合に応じて「その他の発泡性酒類」には低い特例税率を認めている。第3のビールはこの「その他の発泡性酒類」に該当する。サッポロは極ZEROがこれに当てはまり、国税は当てはまらないと主張した。
すでにこの問題を巡り約115億円の特別損失を計上しているサッポロとしては、株主への責任を果たすために裁判を起こさざるを得なかった面も否定できないが、国内の大手ビールメーカーが数字上のスペックを見誤ることはなかなか考えにくい。となれば、あくまで可能性に過ぎないが、極ZEROは第3のビールの要件を数字上では満たしていながら、裁判では認められなかったということも考えられる。
手掛かりとなるのが、16年10月に棄却された同社の訴えを巡る国税不服審判所の非公開裁決だ。こちらも企業秘密に関わることから大部分が黒くマスキングされているものの、今回の地裁判決よりは詳しく理由を知ることができる。
この裁決に当たり審判所は、「その他の発泡性酒類」が規定された06年改正酒税法の立法趣旨に触れている。酒税の税率を原則4酒類に簡素化した改正法で「その他の発泡性酒類」という例外規定を作ったのは、税率が急激に変われば生産や消費に多大な影響を与えることから、一部の酒については「基本税率よりも低い特例的な税率を設けることとした」と理由を説明。
その上で「その他の発泡性酒類」の特例税率は、税法の条文には明記されていなくても、当時販売されていた第3のビールの商品群と「同種の製造方法によるもの」に限定する趣旨があったとした。そして、これらを踏まえると、「世界初の製法」をうたった極ZEROは法が想定する〝製法〞ではないため「その他の発泡性酒類」に該当しないと結論付けたとみられる。
判決、裁決ともに製法に関わる部分は黒塗りであるため、あくまで推測だが、特例税率が適用される要件は条文で定められた麦芽やホップの割合にとどまるものでなく、何らかの特定の製法自体を規定しているのではないか。裁決は「税制改正当時の状況や改正の趣旨に照らせば、(極ZEROに対する国税庁の追徴課税は)正当な解釈」と結んでいる。
純粋に原材料の割合などスペック上の理由だけで第3のビールに該当しないのなら、立法趣旨に踏み込む必要はないはずだ。裁決からは、極ZEROが数字上は要件を満たしていても、制度の想定から外れたために発泡酒と判断されたと推定される。地裁判決についてはまた異なる論拠から判決が出されたのかもしれないが、審判所と同種の判断がなされた可能性は否定できない。
税法や通達の解釈を巡り、「法の趣旨」が問われて納税者が否認される事例は過去にいくらでも例がある。とはいえ、納税者の税法の知識などには限界があり、どうしても条文や通達の文章そのものを基に税務処理を行っている実情がある。115億円という重すぎる追徴課税が、法の趣旨をないがしろにした対価として正当なのかは疑問符が付くところだ。
(2019/04/04更新)