2018年度税制改正では、中小企業の自社株引き継ぎにかかる税負担を軽減する「事業承継税制」が大幅に見直された。条件を満たせば税負担が実質的に全額免除されるようになり、中小企業にとって使い勝手が大きく増したことは間違いない。しかし税金面のみに注目して承継計画を進めてしまうと、新たなリスクを抱えることにもなりかねない。新・事業承継税制に潜む、3つの〝不安要素〞に目を向けてみたい。
最新の税制改正で導入された新たな事業承継税制は、これまでにあった既存の事業承継税制の「特例」と位置付けられているものだ。従来の同税制がなくなるわけではなく、どちらでも好きなほうを利用することができる。
「新特例」の特徴は、なんといっても今まで自社株の一部にとどまっていた優遇措置を、自社株の全てに拡大したことだ。従来の税制で自社株を相続によって引き継いだ場合、税負担が免除されるのは、株式の3分の2のさらに8割、つまり5割強が上限だった。しかし新特例では株式の全てについて税額が実質免除されるようになる。
さらに税免除を受けるための要件も緩和されている。これまで事業承継税制を利用できるのは現社長から後継者1人に対する自社株の引き継ぎのみだったが、新特例では最大3人まで後継者を選ぶことができ、現社長以外からの株の引き継ぎについても対象となった。
また従来の税制では、承継後に継続して平均8割の従業員数を維持しなければならなかったため、雇用の変動が激しい中小事業者は後から特例を取り消されてしまい、多額の税負担が課されるという状況が発生していた。
新特例では、税理士など認定経営革新等支援機関の指導を受けた理由説明書を都道府県に提出することで、猶予が継続される道が開かれた。業績悪化など正当な理由があれば、従業員数の要件を必ずしも満たす必要はなくなったわけだ。そのほかにも、後継者が廃業した際の評価額の減額調整や、優遇取り消し時の贈与税の課税方式選択など、中小企業にとって多くの有利な見直しが盛り込まれている。
もちろん、これだけ〝破格〞の優遇税制なだけに、従来の事業承継税制になかった要件も設けられている。その代表的なものが、今後5年以内に提出しなければならないとされる「承継計画」の作成だ。自社株引き継ぎの対象となる後継者を指名し、承継までの見通しなどを文書にして、税理士などが携わる専門機関のチェックを受け、それを都道府県に認定されて、はじめて税優遇を受けられることになる。
要件面の厳しさなどから従来の事業承継税制が使えず、自社株の引き継ぎに際しての税負担に頭を悩ませていた中小企業経営者にとって、新特例は〝福音〞とも呼べるものだ。新特例の税優遇は魅力的で、これをきっかけに承継計画をスタートさせようという中小企業もあれば、あるいは現在進めている承継プランを見直すということもあるだろう。
しかし、税優遇の内容のみに着目して承継計画を立ててしまうと、結果的に事業承継をつまずかせる原因になったり、将来的に新たな負担を生んだりする恐れがあることを覚えておきたい。特に、新特例が抱える〝3つの不安要素〞を無視した自社株引き継ぎは、後で重大なトラブルにつながる可能性が高いと言える。
不安要素の1つ目は、ずばり「自社株を後継者に集中させる」という事業承継税制の特徴そのものだ。
新特例では後継者へどれだけ自社株を贈与しても実質無税となるため、これまでは経営権を確保できる最低限だけ引き継ごうと考えていた社長が、全自社株を後継者に渡すことが可能となる。さらに社長以外からの自社株承継についても無税となるため、社長の保有株のみを引き継ぐプランを立てていたとしても、いっそ社長の妻や兄弟などが持っている株についても全て後継者に集中させるということも考えられる。
確かに後継者へ自社株を集中させるのは、経営権の安定化のために重要なポイントであることは間違いない。しかし自社株は、言うまでもなく将来の相続財産でもある。その全てを後継者に集中させることは、「会社のため」という理念があったとしても、他の兄弟などを納得させる手法だといえるだろうか。
これまでも経営権に関わる自社株などについては、相続時に最低限の取り分となる遺留分から除く「除外合意」などが存在した。しかし、実際に自分の取り分が大きく減ることに心から納得できる人間は少なく、仮に表向きは円満に相続が終わっても、除外合意は多くのケースで家族間の亀裂の原因となってきたのも事実だ。
新特例を使って無税で自社株を引き継げたとしても、人間関係にひびが入り、家族や会社がバラバラになってしまっては本末転倒で、承継が成功したとは言えない。税務はあくまで事業承継の一要素に過ぎないことを踏まえ、新特例を使うにしても、まずは関係者全員の心からの合意を、時間をかけても得ることが最重要だと肝に銘じたい。
2つめの不安要素は、「新特例が10年の時限措置である」という点だ。新特例はすでに今年1月以降の自社株引き継ぎについて適用されているが、その期限は2027年までとなっている。特例を使って税優遇を受けたければ、23年3月までに計画を作成・提出し、27年12月までに贈与を行う必要がある。
例えば現在60歳の社長に25歳の長男がいたとする。これまでは75歳くらいまで現役で働き、その後に社長の座を譲ろうと考えていたが、新特例を使おうとするならば10年以内に自社株の承継を済ませなくてはならない。
35歳が経営権を託される年齢として若すぎるとは言い切れないが、少なくとも新特例のために承継計画を前倒しにするのは、経営そのものの承継を不安定にするリスクを高めることに他ならない。
また計画は5年以内に提出しなければならないため、後継者は30歳にして「5年後の社長の座」を確約されることになる。早々の承継計画の固定は、後継者育成において良いことなのか、慎重に検討する必要があるだろう。
さらに計画そのものが円滑に進んだとしても、「承継」はその先にもある。新特例が10年の時限措置であることを考えれば、この機会に自社株を後継者に一極集中させてしまうことも考えられるが、そうなると次代の子から孫への承継時に多額の税額が発生する恐れがあるわけだ。
もし10年後に特例が期限延長されなければ、その後に使えるのは従来の事業承継税制のみとなり、発行済議決権株式の3分の2しか優遇は認められなくなる。30年先のことを考えるならば、全株式を後継者に渡すのではなく,例えば一部については従業員持株会に持たせるということも選択肢に入ってくるだろう。
そして3つ目の不安要素は、これまでの2つとは逆に、「後継者の分散による承継トラブル」だ。
従来の事業承継税制は創設当時、自社株引き継ぎの対象となる後継者について、親族であるただ1人の後継者のみを認めていた。しかし少子化などが進むなかで従業員への承継なども増えてきたことから、親族外承継まで範囲を広げることとなったが、それでも対象はただ1人の後継者に限られていた。それを新特例では、代表者である最大3人までの複数後継者に対象を拡大した。もちろん親族か否かは問わない。これによって、兄弟に自社株を分け合って経営を委ねたり、息子だけでは不安だとして信頼の厚い役員に自社株を振り分けたりといったケースでも税優遇が適用できるようになったことは、多くの中小企業にとって喜ばしいことだろう。
しかし、それが逆に分裂トラブルの種ともなりかねない。新特例では、優遇の対象となる後継者を「代表者である最大3人の後継者」と定めている。つまり後継者は、全員が代表権を持つ会社法上の代表取締役でなくてはならない。実際には代表取締役会長、代表取締役社長、代表取締役専務などと役職を分けることになるだろうが、会社は複数の頭を持つ状態となる。
自社株の持分割合に差をつけたり、業務上の権限を切り分けたりして経営のトップを分かるようにすることは可能だが、それでも社内、社外の双方で、代表者が複数いることで生じるトラブルの可能性を常にはらむことになる。特に中小企業ではオーナー社長がただ一人の代表者として経営権を握っている形が多いため、複数の代表者がいるという状態が会社にどのような影響を与えるのかを、しっかり考える必要がある。
もっとも代表者同士の関係が円滑であれば、経営判断が早くなり、一方にもしものことがあった場合のリスクヘッジになるというメリットもある。全ては代表権を複数人に委ねる現社長のマネジメント次第というところだろう。
事業承継税制の新特例が、自社株引き継ぎの税負担に悩む多くの中小企業にとって有利な制度であることは確かだ。だが税負担のみにウエートを置いた承継は、家族関係や経営など他の面にほころびを生じさせかねない不安要素でもある。税務はあくまで事業承継の一要素に過ぎず、人や経営が安定して受け継がれてこそ承継は成功するものと認識した上で、最も良い形で新特例を活用していきたい。
(2018/07/03更新)