子どもが継いでくれない……

承継リスクの解消 急務

中小企業白書が警鐘


 中小企業の4割が、後継ぎを選び始めてから引き継ぎの了承を得るまでに3年を超える期間を費やしていることが、平成29年版の中小企業白書の概要案で明らかになった。さまざまな理由から後継ぎ候補者がなかなか首を縦に振らず、了承してもらうまで時間が掛かっている。自社株移転の負担軽減などの策を講じ、後継者の早期決断を後押しする必要があるようだ。さらに、後継者が引き継ぎを決めた会社のうち、半分は次期社長として育てるための教育期間に4年以上かかっていることも分かり、事業承継は〝長期戦〞になることが改めて明らかになっている。


 経済産業省が中小企業政策審議会(経産相の諮問機関)へ提出した中小企業白書(概要案)に掲載されたアンケート調査によると、後継者が決まっている会社は全体の4割、候補者がいるのは3割、未定は3割だった。また、後継者が決まっている会社のうち、後継者選定を始めてからその人の了承を得るまでにかかった時間が1年以内と答えた会社はわずか20・5%に過ぎず、1年超3年以内の42・4%を合わせても6割だった。3年超5年以内は22・7%、5年超10年以内は10・5%、10年超も3・9%という結果で、約4割の会社が了承を得るまでに3年を超える時間がかかっている。

 

 後継者の了承を得てからも事業承継には長い期間がかかる。中小企業・小規模事業者の引き継ぎについて中小企業庁が3月にまとめた「事業承継マニュアル」に掲載されたアンケート調査によると、後継者の育成に必要な期間として、「4年〜10年」と回答した人が5割を超えた。無回答など期間を明確に答えなかった回答者を除くと、全体の3分の2が4年以上の時間を教育に充てていることになる。承継完了までに長い期間がかかることを考えると、会社引き継ぎの了承を得るまでの期間をなるべく短くするための取り組みが現社長には求められている。

 

好業績の企業でも油断は禁物

 中小企業の事業承継をサポートしてきた増田浩美税理士(東京・板橋区)は、「会社が赤字であるか黒字であるかにかかわらず、事業を引き継ぐ人にはさまざまなリスクがある」と、後継ぎ候補者が次期社長になることをなかなか了承しない背景について語る。

 

 好業績企業にもあるリスクの典型的な例として、増田氏は自社株の引き継ぎの難しさを挙げる。自社株は、贈与や相続の際の税負担を減らす「事業承継税制」を適用できれば引き継ぎがスムーズに進みやすいが、増田氏は「事業承継税制を適用するために不可欠な雇用要件などの条件を満たせない会社は少なからずある」として、現行税制ではすべての中小企業の負担軽減につながっていないことを指摘する。

 

 制度を利用して自社株を低い税負担で引き継げたとしても、税負担以外での相続のリスク自体は払拭できない。他の相続人から民法上の権利である遺留分減殺請求をされて自社株を取られては、税負担どころか経営の承継すらうまくいかない。なお、事業承継税制を使えない事業者でも、年間110万円の基礎控除を使った贈与や、2500万円までの財産を無税で渡せる相続時精算課税制度を使うことによって、自社株を後継者に譲り渡すことは可能だ。

 

 事業承継リスクを考えるうえで、社長が突然死亡することを踏まえた対策も不可欠だ。特に社長が個人として会社に貸し付けている財産を確認しなければならない。相続が発生してから社長個人の財産が貸し付けられていることが分かると、その財産は相続財産として後継者以外の相続人も受け取る権利が発生するので、後継者が事業用財産や自社株の確保を十分にできないというリスクにつながる。中小企業庁の「事業承継マニュアル」には、後継者以外の相続人が会社への貸付金を受け取る権利を相続で得て、会社に2千万円の返済を迫ったという事例が紹介されている。

 

 真っ先に思い付く対策は、社長が生前に借金をチャラにする債権放棄だろう。返ってくる保証のない貸付金が原因で相続トラブルになるなら、いっそ帳消しにするというのはひとつの選択肢だ。しかし債権放棄をすると、借金を帳消しにしてもらった会社に「債務免除益」が発生し、法人税がかかる可能性がある。こうしたデメリットも考慮して、さまざまな税制を組み合わせ、負担が最小限になるように対策を講じる必要がある。

 

引き継ぎの了承を得るまで長期戦に

 後継者にとって企業価値の高い魅力的な会社にすることだけではなく、さまざまなリスクに備えることで引き継ぎはスムーズに進む。中小企業白書の概要案によると、後継者の自社株・事業用資産の買い取り資金や納税資金に関する対策・準備を行っている会社の47・1%は、顧問税理士(会計士)に準備を勧められたという。税理士のほかには、取引金融機関26・6%、親族・知人・友人11・4%、親族以外の役員・従業員6・1%となっており、税理士の影響が大きいことが分かる。

 

 事業承継のタイミングは環境変化にあわせた経営を行うチャンスでもある。昨年の中小企業白書によると、承継を機に「何らかの新たな取り組み」を行った1759法人に、承継前3年間と取組実施後3年間の業績傾向をそれぞれ訊ねたところ、取組後に上昇基調になった法人が57・5%にのぼった。承継前に上昇基調だった事業者は23・2%にとどまることから、事業承継が良い結果に繋がっていることが分かる。

 

 ここでいう新たな取り組みは、「改装・リニューアル」や「取引先拡大のための営業活動」など、既存の事業の幅のなかでできる策が回答の上位を占めており、必ずしも経営の大転換が必要なものばかりではない。後継者の教育も含め、まだ対策が不十分な会社は顧問税理士に相談のうえ対策を早期に講じるようにしたい。

(2017/05/28更新)