民間の退職金にまで国が口を出すな!

創業者の退職金6億円は妥当

当然!「役員報酬は青天井であるべき」


 役員退職金の判断に大きな変革が訪れるかもしれない。税務当局から「不相当に高額」として否認された役員報酬などの判断が裁判によってひっくり返った。判決によると、「近隣の会社では一番高いわけではない」というのがその理由だが、今後は同業他社との比較で最高額でなければ否認のリスクは軽減されていくのだろうか。世間では「企業が払う給料にまで当局が口を出すようになるのか」「そもそも不相当に高額って何だ?」と注目されていた裁判から、これからの〝過大〞役員報酬に与える影響などを考えてみる。


 全国的に人気のある泡盛「残波(ざんぱ)」で知られる比嘉酒造(沖縄・読谷村)が、役員への退職金や役員報酬が「高額すぎる」として否認された処分の取り消しを求めた裁判で、東京地裁(舘内比佐志裁判長)はこのほど、「不当に高額とはいえない」と課税処分の一部を取り消した。

 

 比嘉酒造は2010年2月期までの4年間で、役員4人に計12億7千万円の役員報酬と、創業者へ退職慰労金6億7千万円を支払い、法人所得から控除して税務申告した。

 

 これについて沖縄国税事務所は、沖縄県と熊本国税局管内の4県(熊本、大分、宮崎、鹿児島)で同程度の売上規模の酒造メーカー30社を抽出して比較したところ、比嘉酒造の支払った役員報酬額は平均値の10倍近くに上ったことから、計19億4千万円のうちの約6億円につき、経費として認められないと判断。「不相当に高額」として否認し、11年6月、同社に1億3千万円を追徴課税した。

 

 これに対して比嘉酒造は、「同業者は全国にあり、近隣メーカーだけの平均値と比較することに意味はない」と、役員報酬などの正当性を主張。さらに「国税庁が民間企業の給与に口を挟むべきではない」として、徹底的に争う構えを見せ、処分を不服として東京地裁に提訴した。

 

 舘内裁判長は判決で、類似の比較法人の間の平均値は個々の企業の特殊性が取捨され、平準化された数値として評価することは困難としたうえで、創業者の同社への貢献度に鑑み、類似企業の最高額を超えていない退職金6億7千万円は「妥当」と判断。約5千万円分の追徴課税処分を取り消した。一方、役員報酬については、同社は06年をピークに売り上げが減少して従業員の賃金を減らしているにもかかわらず、役員報酬だけ上昇しているのは不自然であると指摘。当局による課税は適法であるとして、同社の主張を退けた。

 

類似企業との比較というあいまいさ

 今回の裁判が注目を集めたのは、税務当局が実働役員の報酬額を否認したという極めて稀なケースであったためだ。これまで課税庁が役員報酬を指摘してきたのは、月に1度も出社しないような〝名ばかり役員〞に過大な給与が支払われているようなものがほとんどであっ た。

 

 これには法人税と所得税の税率の関係上、過大役員報酬として法人に対する税額を増やすよりも、役員報酬としていったん認めたうえで所得税を源泉徴収したほうが税収としては額が上回るからという理由があった。そのため当局としては、納税者と争ってまで全体の税収をわざわざ減らすよう な否認をする必要が、本来はないはずなのである。

 

 国税不服審判所の事例でも、業務執行権が一切ない「社長の妻」に過大な報酬が支払われて否認されたケース(97年9月)や、社長が実母を「良き理解者」という客観性のない理由で多大な給与を支払っていたケース(05年12月)など、役員としての妥当性を欠く、いわば「目に余る行為」が多かった。

 

 そしてもうひとつ、役員退職金が過大かどうかの判断で、今回は一般的な算定方法である功績倍率方式でなく、当局が類似法人と比較して判断する方法を選んだことも、多くの納税者の関心を集めた。

 

 比嘉酒造が支払った報酬等の判断で、沖縄国税事務所では沖縄県と熊本国税局管内所在の類似業種から、売上規模が半分〜2倍の範囲で抽出してその平均値を出した(倍半基準)。だが、そもそも倍半基準とは、税務調査時に帳簿等の不必要な提出を拒否することから課税庁が「反税団体」と呼ぶ団体に対して、帳簿がないなかで推計課税を行うために採用した手法である。

 

 今回のようなケースで用いるべきものかどうかは裁判でも焦点となった。結果、前述のように裁判所は類似企業の最高値を判断基準として、退職金については比嘉酒造以上の額を支払った類似企業があったためこれを認め、役員報酬については同社以上の支払実績がみられなかったことから否認されるとの判断に至った。 

 

平均値ではなく最高値を基準として判断

 判決を受けて比嘉酒造代理人の山下清兵衛弁護士は、「裁判所が、役員報酬等について平均値でなく最高値を基準として判断したのは大きな前進」と一定の評価をしたうえで「米大リーグのイチローは全盛期で1年に20億円稼ぎ、日産のカルロス・ゴーン社長は10億円の報酬を得る。それぞれの頑張りを他人が評価はできないはず。会社の利益と株主への配当を考慮した後は、会社と心中する使命を帯びている役員の報酬は青天井で構わないはずだ」と、努力がそのまま給与になって報われる社会への期待を語った。

 

 一方、沖縄国税事務所は、「主張が一部認められずに残念だ」とコメントした。この判決により、今後は「類似企業の最高値」が役員報酬の判断で重視される可能性は高まった。だが、今回のケースにしても「類似企業にたまたま高額の支払いをしている企業があった」ということであり、いわばイチかバチかという判断になりかねない危険性は伴うだろう。

 

 税務訴訟に詳しい岡田俊明税理士は、「平均値でも最高値でも、そうした情報は現実には課税庁側にしかない。納税者は土俵にさえ上がれない状況にある」と、類似法人との比較の問題点を指摘する。会社に貢献してきた創業者やその後の経営者の努力はどのように報われるべきなのか。今回の裁判をきっかけに、しっかりと考えていきたい。

(2016/07/02更新)