内閣府が賃貸アパート建設に警鐘

相続税対策だけで見切り発車は危険

少子高齢社会化も影響


 相続税対策として最もポピュラーな手法は賃貸住宅の建設だろう。建設会社などは長期の家賃保証をうたい、銀行から融資を受ける手伝いをするなど、さまざまな手を尽くして建設を提案する。そんななか、内閣府が相続税対策としてのアパート建設に警鐘を鳴らし始めた。国内の賃貸住宅の新規着工戸数が急増し、2016年以降供給過剰になると指摘している。少子高齢社会化が進展する中で、やり方を間違えれば、大きなしっぺ返しをくらうことも否定できない。


 東京・練馬区に住むAさんは約80坪の土地を親から相続した。毎年、固定資産税や都市計画税が重くのしかかる。固定資産税の支払いと同時に自分の相続時にはどれぐらい課税されるのかが気になっていたというAさんは、3年前に大手の建設会社から総戸数10戸の賃貸アパートの建設を提案された。

 

 Aさんは「このまま土地をムダにしていると、子どもたちが相続税で大きな負担になると言われました」という。建設会社の営業マンから受けた提案は、土地の所有者が建てたアパートなどを業者が一括で借り上げ、入居者に貸し出すサブリース(転貸)という手法で、向こう30年間の家賃を保証するというものだ。入居者集めや管理は業者が行い、空室に関係なく毎月一定の家賃が得られるという。

 

 だが、この「家賃保証」には大きな落とし穴があった。ここでいう家賃とは、現在の家賃の金額を指すのではなく、あくまでも状況に応じた家賃ということが、細かな文字の契約書には記されていた。空室率によっては最低保証額まで引き下げられる可能性があるということだ。

 

 最近では「アパートローン」という不動産担保融資が増えている。特に積極的なのが地方の金融機関で、地方企業の設備投資が低調なため、土地を持つ地主たちに目を付けた。そうした金融機関のなかには富裕層向けに節税策を提案する専門チームを設けているところも多く、土地を持った富裕層の需要をいかに発掘するのかに血道をあげている。

 

供給過剰で需給バランスが合わない

 こうしたなか、内閣府は相続税の節税対策を目的とした賃貸住宅の建設に警鐘を鳴らす。内閣府は国内の賃貸住宅の新規着工戸数が急増し、2016年以降は世帯数の増減などを加味した潜在需要を上回り、供給過剰となる可能性が高いという調査結果をまとめた。

 

 それによると、国内の住宅建設は14年4月の消費税率8%への引き上げで急減したが、16年以降急速に持ち直している。昨年11月の新規着工戸数は8・5万戸と増税前の駆け込み需要があった3年前並みの水準となっている。その大きな要因となっているのが、15年1月の相続増税後の節税対策としての賃貸住宅建設だ。16年1〜11月の累計着工戸数は38・4万戸と15年の1年分(37・8万戸)を上回り、08年以来の多さである。

 

 内閣府は、老朽住宅の更新や世帯数の増減などを考慮した賃貸住宅の潜在需要を試算。14〜15年の潜在需要は各40万戸前後で実際の着工戸数を上回ったが、16年以降は着工戸数が潜在需要を上回り続ける可能性があるという。また面積別では「30平方メートル以下」の住宅が急増し、今後狭小住戸の賃貸物件で空き部屋が増える可能性を指摘している。

 

建設後の空室率を冷静に考慮すべき

 相続税対策としてのアパート建設で最も考えなければならないのは、建設後のことだ。建設会社はアパートを建てれば資産が圧縮できるとアピールするが、その後のアパート運用のことはほぼ考慮していないと言っていい。また銀行も今なら低金利で貸すことができるとして顧客を集めている。相続税対策ばかりに目が行ってしまい、数年先の空室率のことを考えに入れないと、大きな代償を払うことになりかねない。入居者は一般に3年ほどで一巡するが、そのほとんどが新しいアパートに住みたがるので、2巡目を過ぎたあたりから空室率が増えることを想定しておくべきだ。

 

 現実に空室率が増加したことを示す調査結果も出てきている。不動産調査会社のタス(東京・中央区)が昨年5月に発表したアパート空室率の調査結果によると、首都圏のアパート空室率が昨年夏以降、急速に上昇しているという。昨年3月の神奈川県の空室率は35・54%と04年に調査開始して以来、初めて35%を突破。東京23区や千葉県でも空室率の適正水準とされる30%を3〜4ポイント上回っている。

 

 首都圏のある不動産業者によると、「アパートの空室率が急速に上昇したのは15年夏ごろ」からだという。相続増税が影響し、相続税対策としての賃貸アパート建設が富裕層に対してひっきりなしに提案されるようになり、アパート建設の需要が盛り上がり、その反動で賃貸物件の空室率が急速に上昇したという。

 

 前出の不動産業者は「空室物件が増えており、賃貸住宅市場の需給バランスは崩れていると言っていいのではないか。そういう状況で業者にすべてを委ねるのは避けるべき。転売や又貸しで顧客を食い物にする悪徳業者もいるようだ」と指摘する。

 

 多くの税理士が「相続税対策は土地対策」と口を揃える。それだけ相続税対策に賃貸住宅の建設は有効だ。相続税対策の肝は「財産の評価額を減らす」ことにあり、有効な相続税対策として採用されているのが賃貸アパートの建設であることは否定するところではない。賃貸アパートを建設することで固定資産税の評価額を減額させれば、相続税の税額を下げる有効な手法になるからだ。だが、それも入居率をある程度長期間にわたって確保できての話だ。

 

 通常、アパート建設は住宅ローンを利用しているのがほとんど。賃貸アパートは戸建住宅と比較すると建設費が大きく住宅ローンも長期になるケースが多い。アパートの空室率が高いと、想定した賃料収入に満たず、多額の建設費用を抱えるリスクを秘めている点も考慮に入れる必要がある。建設予定地が郊外であれば都心部に比べて空室率が上がることは容易に考えられる。賃料や財産としての価値を分析し、一方で空室リスクがどの程度かなど損失面からも考慮して対策を講じるべきだ。

 

 相続税対策として賃貸アパートを建設したのはいいが、後を継いだ子供たちが資金繰りに追われることがないような、資金計画を検討したい。

(2017/03/05更新)