国民一人ひとりに割り振られた「社会保障・税番号」(通称:マイナンバー)制度が来年1月から本格始動する。今年1月に先行した雇用保険に続き、健康保険や厚生年金でも従業員の個人番号を記載した書類の提出が義務化される。税務上も1月提出の源泉徴収票から個人番号が必要になることから、企業では収集が急がれている。だが、大手企業は別にして、一般の中小企業では、「全員分を集め終えて準備は万端」というところは少ないようだ。来年1月を前に、何をどこまでするべきなのかを調べてみた。
「いろいろとマイナンバーが必要になるのは1月からでしたっけ?まだ社員も役員もひとつも集めてはいませんね。届け出関係は全て社労士や税理士に任せきりなもので、どうしても実感が沸かずに後回しにしています。それに、どこまで厳格に求められるのかどうかも分かりませんし、記載しなくても済むのではないですかね」
都内の出版社のベテラン総務課長はこう語り、年末にかけて社内に「マイナンバーを総務課までお知らせください」という案内文を回覧する予定だと教えてくれた。従業員は50人を超えるというから出版社としては〝大手〞の部類だが、そうした中堅以上の規模の企業ですら、マイナンバーへの対策に全く手を付けていないのが現実のようだ。
マイナンバー制度は2013年の国会で、前年に野田内閣によって提出された法案に手を加える形で第2次安倍内閣が国会に提出して成立した。住民票のある国民全員に一生涯を通じた番号を割り当て、管理する。当面は税、社会保障、災害対策の3分野に利用範囲は限られているが、金融情報はじめあらゆる個人情報と紐づけされることが想定されている。
企業は各種届出にあたり、全ての役員と従業員の番号につき、取得、利用(提供)、保管、廃棄する義務を負う。扶養手続きなどに関しては、従業員の家族のマイナンバーも取得する必要がある。
番号の記載義務は、今年1月から雇用保険に関する届け出が他に先行して施行されている。実質的には、制度はスタートしているわけだが、各種制度の整備の遅れなどから、実際に番号記載が徹底されているとは言い難い。マイナンバーの他の用途である、税については16 年分の調書から必要となるため、17年1月の提出分からマイナンバーの記載が求められる。また、雇用保険以外の社会保障関連では、健康保険がやはり1月から番号記載を義務化する予定だ。
厚生年金保険に関しては、管理する年金事務所の準備の遅れから半年の遅れが先般発表された。年金機構ではマイナンバーに対応したシステムを急ぎ構築中とのことで、雇用保険を扱うハローワーク(公共職業安定所)としても、年金事務所の動きを見ながら実質スタートを切る可能性は高い。
日本年金機構としては、健康保険と厚生年金を本来なら統一して運用できればベターなのだが、内実は簡単ではないようだ。マイナンバー制度の動きに詳しい都内の社会保険労務士の一人は、「これまでのずさんな体質が一向に変わらない社会保険庁の流れを汲む厚生年金の管理体制に、健康保険を扱う健康保険協会や保険組合は非常に強い疑念を持っています。あちらと一緒になって、こちらの情報まで漏えいされては堪らないということです。国民への信頼に関わるものですから、当然でしょう」と語った。
社会保険に関するマイナンバー制度の厳格な実施がいつになるかは役所側のシステム次第という状況だが、「報酬月額の定時決定時である7月10日までには意地でも準備するのではないか」(都内の別の社労士)という見方もあり、企業サイドとしては遅くとも来夏をめどに心づもりはしておきたい。
マイナンバーに関して企業が最も危惧するのは、無記載に対する〝嫌がらせ〞のような調査などが、実際にあるのかないのかというところだろう。マイナンバーを必要とする側の準備が完全でないなかで、冒頭の総務課長のように「無記載でも構わないだろう」という見方が広がるのもある意味で自然だが、やはり調査権のある役所の訪問を避けるためには1ミリの隙も見せたくはない。
前出の社労士は「そもそも法的なペナルティーはありませんし、あれだけ役所内で混乱しているのですから、番号不記載だからといって企業へのお仕置き対応などをするヒマはないでしょう」と見る。
一方で、税務署の動きに関する見方はそれぞれだ。都内で開業する税務署OBの税理士は「番号が記載されていない社員が何人もいる申告書では、やはりカチンとくるでしょう。舐めてかからないほうがいいです」と、慎重を期すべきだと語る。だが一方で、神奈川県内の税理士の一人は「全員が提出拒否という、見るからに企業側の嫌がらせでない限り、税務署が動くことはない」と見る。
たしかに、国税庁のホームページでも、企業が従業員に番号を求めた際には、その拒否された旨を「一定の帳簿」に記しておくとしてあり、マイナンバーの記載が絶対条件でないことは見て取れる。また、確定申告書などに番号が記載されていなくても、それを理由に受け取りを拒否されたり、不利益を被ることはないことも明らかにされている。
番号記載は義務であるものの、会社が従業員や役員から各人のマイナンバーを強制収集することはできない以上、役所サイドも絶対義務とすることはできない。前出の神奈川の税理士は、「結局は名寄せのツールですから、当局とすれば納税者の番号が分かれば便利になるといった程度ではないか」と読んでいる。
番号を扱う「個人番号関係事務実施者」となる企業は、情報漏えいなどには懲役を含む罰則が用意されている。来年の本格実施に向け、慎重に対応したい。
(2016/12/05更新)