ベーシックインカム導入に現実味?

首相ブレーンの提唱で


 すべての国民に最低限の生活費を継続的に支給する「ベーシックインカム」(BI)の導入が日本でも現実味を帯びてきた。菅首相のブレーンと言われる竹中平蔵氏が提唱したことで、政府の政策に影響を与えうるものとして捉えられ、波紋を広げている。竹中氏が提唱するBIはすべての国民に現金を給付する代わりに年金や医療などの社会保障制度を廃止するというものだが、将来の社会保障制度をどのような仕組みにしていくのか、国民的議論にしていかなければならない。


 EU諸国を中心に「ベーシックインカム」(BI)の導入が注目を集めている。BIは、政府が高所得者も低所得者も、生まれたばかりの子どもにも、すべての個人に対して生活に最低限必要な現金を無条件で毎月支給するという制度だ。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、失業や貧困が増え、現行の社会保障システムに対する不満が高まるなかで、試験的な導入や社会実験に踏み切る国も出てきた。スペインは新型コロナで失業者が急増し、貧困対策として5月下旬に導入することを決めた。その対象を低収入の生活困窮者に限定していることから、「本来のベーシックインカムではない」という指摘があるようだが、約230万人を支給対象としていることで、かつてないほどの規模の導入となっている。このほかドイツやアイルランドでも試験的にBIを実施する社会実験を検討している。

 

 もともとBIは、2010年代に失業率が高まったEU諸国で、失業手当の代わりとして注目されてきた。人工知能(AI)の発達によって産業の大きな転換が起こり、失業率が拡大するという予測のなか、常に議論を呼び起こしてきた。16年にはスイスで導入の是非を問う国民投票が実施されたが、反対多数で否決されている。フィンランドは今年5月、2年間にわたって実施した失業者2千人に毎月560ユーロ(約7万円)を支払う社会実験の最終報告書を取りまとめたばかりだ。

 

財源100兆円をどうするか

 EU諸国を中心にBIが注目されるようになると、日本でもベーシックインカムという言葉がメディアに登場するようになってきた。火をつけたのは竹中平蔵氏だ。パソナグループ取締役会長である竹中氏が、民放の番組でBIについての持論を展開した。

 

 竹中氏は菅首相が就任して真っ先に会談した人物だ。竹中氏は小泉政権で総務大臣、菅首相はその副大臣として当時一緒に仕事をし、その後もたびたび意見交換してきた。また安倍内閣のときから政府の諮問会議に呼ばれ、国家戦略特区など様々な政策に関与してきたことから、竹中氏の政権内での影響力は大きいものと考えられ、にわかにBIが現実味を帯びてきた。

 

 竹中氏は国民全員に毎月7万円を支給したうえで、マイナンバーと銀行口座を紐付けて所得を把握し、一定以上の高所得者には給付後に返納させる「所得制限付きのBI」に言及した。

 

 菅政権は一丁目一番地の政策としてデジタル化を掲げているが、それを進めなければ、BIの導入はままならないことがよくわかる。菅政権が進めるデジタル庁や縦割り行政廃止の先にある狙いが、既存の社会保障制度の廃止であることが透けて見える。

 

 仮に竹中氏が提唱する1人7万円をすべての国民に給付すると、夫婦子供二人の世帯への支給額は毎月28万円となる。だが、全国民に月7万円を支給するには、年間で約100兆円の財源が必要になる。仮にそれをすべて消費税で賄おうとすれば、消費税率を50%に引き上げなければならない。

 

 そこで、竹中氏は7万円支給のための財源を社会保障費から捻出することを提唱している。つまり、BIが従来の社会保障制度に取って代わるということだ。

 

狙いは社会保障制度の改廃?

 年金や医療、介護、失業保険などの生活保障支給額は年間約120兆円。それを国民が支払う年金や健康保険などの保険料(約71・5兆円)、国庫負担(約34・1兆円)、地方税(約14・7兆円)、年金積立金の運用益などで賄っている。

 

 現在の制度では、入院や手術などで1カ月の医療費が一定限度を超えた場合、超過分の支払いが免除される「高額療養費制度」などがあるが、保険制度が成立しなければ、そうした出費が全額自己負担となる。そして「社会保障制度の財源で足りなければ、所得税や相続税を増税するべき」という議論も出ており、高所得者への増税も視野に入ってくる。

 

 コロナによる休業者は220万人に上るとされている。雇用調整助成金などの休業補償が年内に切れると、ますます失業者が増えるものと予想される。そうなると生活保護の申請が殺到し、社会不安が広がり財政がパンクすることも想定しなければならない。

 

 そこで社会保障をBIに統合して、生活保護の代わりに国民全員に7万円を配れば、当面のコロナ破綻者が少なくて済む。しかも社会保障費が膨れ上がっても政府は年間100兆円の給付をしておけば、その後のことは知らぬ存ぜぬで済むという算段だ。

 

 怪我をしようが病気をしようが後は自己責任という社会を国民は望むのか。社会がどのようなかたちになっていくべきなのか、国民的議論が必要だ。

(2020/12/04更新)