タックスヘイブンの正しい使い方

デンソーが国税に完全勝利

70億円の課税取り消しへ


 著しく法人税率の低い国に子会社を作って親会社の利益を逃し、税負担を低く抑えることを防ぐために作られた「タックスヘイブン対策税制」をめぐる裁判の判決があった。裁判所は、企業に追徴課税されていた数十億円の課税全部を取り消すことを国税に命じた。パナマ文書をはじめとする国際的な潮流もあり、海外取引を利用した企業の節税策への監視は強まるばかりだが、取り締まられるのはあくまで「税逃れ」であり「節税」ではない。両者の境界線はどこにあるのかを読み解き、タックスヘイブンの〝正しい〞使い方を知っておきたい。


 10月、タックスヘイブン対策税制をめぐる2つの裁判で判決が下された。訴えたのはどちらも自動車部品大手のデンソー(愛知県刈谷市)だ。同社が受けた2008年〜09年3月決算期分、10年〜11年3月決算期分の課税処分について、それぞれ処分の取り消しを求めて別個の裁判を起こした。

 

 まず先に判決があったのは、10年〜11年の所得についての控訴審だ。名古屋高裁は10月18日、デンソー側の主張を全面的に認め、名古屋国税局が同社に課した約61億円の課税処分全額の取り消しを命じた。一審の判決を支持した形で、国税としては控訴を棄却された形になる。

 

 この判決を受けて注目度を増したのが、同月24日に予定されていた08年〜09年分についての最高裁判決だ。こちらでは、一審でデンソー側の主張を認める判決が下されていたものの、二審では逆転して国税の主張を認めていた。先行した名古屋高裁の判決がどう影響するかが注目されたが、最高裁第3小法廷の山崎敏充裁判長は、二審の判断を覆し、約12億円の課税全額の取り消しを命じる判決を下した。10年〜11年分の裁判については国税側に上告する道が残されているものの、結果が変わる可能性は低く、実質的にデンソー側の全面勝利が確定した。

 

「節税目的でも問題なし」

 裁判の焦点となったタックスヘイブン対策税制は、税率の低い国や地域に実体のない会社をつくる企業に対して過度な節税を防ぐことを目的としたものだ。海外子会社の所得には通常、日本では課税されないが、法人税率が過度に低い国や、法人税のない国に子会社を設立し、その子会社に主たる事業の実体がなく関連会社の株式保有や資産管理だけが目的だと判断されたときには、親会社の所得と合算して日本の法人税率で課税されることとなる。従来は「これ以上法人税率が低ければ対象となる」というトリガー税率が設定されていたが、17年度税制改正で税率基準は原則的に廃止され、現在は税率にかかわらず事業の実体をもって判断することとなっている。

 

 事業の実体がなければ適用対象となるということは、裏を返せば事業実体があれば対象とならないということだ。これを適用除外要件といい、デンソーの裁判では、同社が国外に設立した子会社がこの要件に当てはまるかが争われた。子会社は1998年にシンガポールで設立され、その目的は、アジアに点在する支社などの地域統括業務、業務用プログラムの設計業務、そして関連各社の持株会社としての役割だった。

 

 14年9月にあった08年〜09年分の所得についての地裁判決では、デンソー側が勝った。その理由としては、①現地事務所の職員30人ほどのうち、大半がプログラム設計業務に従事していたこと、②事務所の備品や車両のほとんどが人事や企画といった地域統括業務に使われていたこと、③子会社の収入の85%が物流改善業務によるものだったこと――などから、子会社は株式保有だけでなく他の業務を主に行い、しっかり実体があったと判断したという。いちいち納得できる理由だが、この判断は高裁でひっくり返されてしまう。

 

 16年2月に名古屋高裁は、一審の判決の根拠となった複数の事実について、「その多くが日本国内でも行うことが可能で、日本国内の親会社が株を持って地域統括業務を行えば事足りること」と一蹴した。その上で、「あえて子会社にこれを行わせるのは、低い法人税率の適用を受けるために他ならない」として、子会社はタックスヘイブン対策税制の対象だと結論付けた。

 

 しかしさらに逆転があった。今年1月に行われた10年〜11年の所得についての地裁判決では、タックスヘイブン対策税制に適用除外要件が設けられている趣旨に着目した。「節税目的であっても、その国で事業を行う経済合理性がある時にまで税制を適用すると、経済活動を阻害してしまう」ことが適用除外要件の存在する理由であるとし、デンソーの子会社についても「たとえ株式の配当による所得が大きいとしても、それ以外の事業が実際に行われ、相応の経営資源が投入されているなら、除外要件を満たすと認めるのが税制の制度趣旨に適っている」と判断した。この判断は二審でも支持され、もう一つの高裁判決をも覆すことになる。つまり、この判断が最終的な司法の見解ということになった。

 

経済合理性があるかどうかがポイント

 これらの裁判から分かることは、タックスヘイブン対策税制から除外されるポイントが、「その国で事業を行う経済合理性があるか」の一点に集約されるという点だろう。低税率の恩恵を受けることが目的であるかどうかは一切関係ないわけだ。今後海外への進出を考えている、あるいは海外の低税率にあやかりたいと思う企業にとって大きなヒントとなるはずだ。

 

 海外取引をする企業への国税の視線は近年、急激に厳しいものになりつつある。そのなかで企業は、なるべくうまく立ち回って自社の利益を最大化していかなければならない。今回の判決を参考に、タックスヘイブンを〝正しく〞使うことも検討していきたい。

(2017/12/05更新)