新型コロナウイルスの影響で経営状態が悪化した事業者の雇用維持のため、厚生労働省は雇用調整助成金の支給要件を大幅に緩和した。感染症の影響を受ける全ての事業者に枠を広げたことは苦境を強いられる中小経営者からすればありがたいが、一方で注意したいのは助成を受けたい事業者を狙った詐欺まがいの助成金ビジネスの横行だ。緊急時の助成金は審査が甘く、金額を水増しした虚偽申請の誘惑にかられやすい。厳しい状況のときこそスキを作らず、堅実に乗り切りたい。
新型コロナウイルスの被害が拡大するなか、「感染の検査費用を肩代わりするので、まずは登録してください」と、個人情報を聞き出そうとする電話が増えていると厚生労働省がホームページで注意を呼び掛けている。また国民生活センターにも新型ウイルスに便乗した悪質な勧誘業者に対する相談が多く寄せられているという。
人の不安や弱みにつけこんだ詐欺は社会的に大きな事件のあったときに急増する。東日本大震災やリーマンショックのように経済が打撃を受けたときには、エセコンサルタントや一部の悪徳社労士などによる詐欺まがいの商法が跋扈する。そして、新型コロナウイルスの被害拡大でも、すでにその兆候が見られる。
政府は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、雇用調整助成金の対象者の拡大を発表した。前年度または直近1年間の中国関係の売上高や客数などが全体の10%以上で、日中間の往来の急減で影響を受ける事業者に限られていたが、特例措置の拡充後は、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける全ての事業者が対象になった。
雇用調整助成金は、売上や生産が減少しても労働者を解雇せず、休業や出向などによって雇用調整を行う事業者に国が手当ての一部を助成するもの。通常は直近3カ月の売上平均値が前年同期比で10%以上減少していることが要件だが、特例では比較期間を「1カ月」に短縮している。また本来は、今年1月24日から7月23日の間に開始する休業などで助成を受けるには、休業等計画届の事前提出が必要だが、初回の休業が1月24日以降であれば、5月31日までに提出すればよいことになった。
この特例が発表されてすぐ、都内で造園業を営むSさんの元にはコンサルタント会社を名乗る男性からの電話があった。「ご存じのように政府が5千億円の資金繰り支援を決めました。申請にはコツが必要ですので、お任せいただければ必ず引き出してきます。予算枠があるのでお急ぎになったほうがいいですよ」と、よどみない口調で話したという。Sさんは顧問契約をしている社労士がいるため営業電話を断ったが、本紙に対し「魅力的な提案だった。断ったのが正しかったのかどうかは分からない」と語り、今でも後ろ髪を引かれる気持ちが残っているという。
助成金は基本的に事業主自身が申請書を提出するものだが、なかには面倒な書式もあり、申請を代行する社労士やコンサルタントも多い。厳密には助成金の申請代行は社会保険労務士の独占業務になるのだが、たとえ無資格のコンサルタントに顧問料を払ってアドバイスを受けたとしても、請求書などに「助成金手続きの代行業務料金」と書かれていなければ実質スルーされているのが現状だ。
こうした社労士やコンサルタントの多くがまじめに業務を請け負っているのだが、なかには詐欺まがいの「助成金ビジネス」を展開していることもあるため、事業者としては見極めが必要になる。
悪質な例としてリーマンショック以降に散見されたのが、着手金もしくは預り金といって一定額を受け取って逃げてしまうというものだ。分かりやすい典型的な手口だが、わらをもつかむ気持ちの経営者の弱みに付け込んで多くの被害が報告された。
次いで多く耳にするのは、「結局やらない系」のコンサルだ。数カ月後には百万円単位の助成があると言って月額3万円程度の顧問契約をするものの、待てど暮らせど助成金は下りずに契約者は顧問料だけを支払っていく。数カ月に1度のペースで「顧客レター」といったファックス通信が届くものの、問い合わせても「いまやっている」「役所の動きが悪い」などと言い訳をして、最終的に「今回は予算が尽きたそうで、また来年チャレンジしましょう」などといってダラダラと契約を更新させる。このタイプは社労士であることが多く、違法行為となれば業務停止などの厳しい処罰を受ける。だが、「やらない系」は法に触れないため、依頼した側としては出費だけがかさみ、結局は騙されたのと同じ結果となる。
続いて、完全な違法行為としては、虚偽申請の助成金ブローカーがある。完全に詐欺集団だが、「絶対にバレない」「少しくらい盛るのは当たり前」「みんなやっている」と言葉巧みに勧誘し、事業者に虚偽申請の片棒を担がせる。ブローカーは事業者に虚偽の申請書を提出させ、支払われた助成金から多額の手数料を取るという手口だ。
コロナ騒動で注目されている雇用調整助成金は、主に教育訓練と賃金補償に関するものだが、どちらであっても悪徳ブローカーは人数の嵩増しにより、多くの助成を受けるよう指示する。リーマンショック後に実際にあった例では、大量のホームレスの人に多少の謝礼を支払い、名前を集めて大掛かりな偽装工作を行うことがあった。今回の特例での助成率は中小事業者の場合、休業手当の10分の9で、従業員1人あたり日額8330円が上限になる。これらを2倍、3倍と実数より盛っていけばそれだけ受給額は増していく。
災害などを理由にした助成金は、その緊急性から申請書に記載漏れなどがなければ基本的に交付され、入金も早い。そのため一時的な資金繰りにはなるものの、不正があればその後の調査によって高い確率でバレるのが現実だ。もちろん、その際の責任は申請者である事業者が負うことになる。
助成金に関する不正を見抜くのは、厚労省の都道府県労働局にある専門官チームだ。業界では「社会保険のマルサと呼ばれているほどの敏腕ぞろい」(都内の社労士)で、申請はすんなり通って入金までされても、「調査の目に引っ掛からないことはないと考えたほうがいい」(同)という。
いかにブローカーの口車に乗ったこととはいえ、自らが申請しており、実際に入金もされている。ブローカーには何らかの名目で謝礼を支払ったとはいえ、それが助成金詐欺のコンサル料金と判断されることはまずない。責任はあくまでも助成金を不正受給した事業者にあるため、不正に受給した分を返却するのはもちろん、悪質と判断されれば追徴金を課されることもある。一時的な入金で経営不振を凌いだとはいえ、ブローカーへのコンサル料金などを考えればマイナス収支となることがほとんどだ。
また、悪徳ブローカーの売り上げは暴力団の資金源になっていることも多い。だまされたと分かっても、その関係が明るみになれば「反社会的勢力との付き合いがあった」と世間から厳しい批判を受けることになる。一時的な受給のために背負うリスクとしてはあまりにも大きい。
社労士のトラブルに詳しい本間邦弘社労士(東京・中央区)は、「助成金に関しては、相手が社労士でもコンサルタントでも契約書を大切にしてほしい。特に大事な部分は、助成金が出なかったときの要因として挙げられるケースが素人でも分かる言葉で書かれているかどうかです」と、アドバイスする。
今回のコロナ騒動では、雇用保険の未加入者やフリーランスも対象にするという方向だけに、助成金の不正申請を請け負う業者が付け入るスキもこれまで以上にあると見られている。4月からは様々な補助金や助成金制度が全国でスタートしていることから、人の弱みに付け込む輩が躍動する時期でもある。顧問の税理士や社労士に相談して、スピード感を持ちながらも、しっかりとホンモノを見極めて進めていきたい。
(2020/05/01更新)