水害の季節が今年もやってきた。ここ数年は6月末から10月にかけて必ず、苛烈な豪雨災害が日本列島を襲っている。防災対策の重要性は増す一方だ。さらに今年は、新型コロナウイルスという新たな〝災害〞への対策も必要だ。「コロナ時代の災害対策」を講じることは、中小事業者にとって欠かすことのできない喫緊の課題となっている。
内閣府は6月8日、全国の自治体に向けて「新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所開設・運営訓練ガイドラインについて」とする文書を送付した。10日にも「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応に関するQ&A」を、さらに同日中にQ&Aの2版を公表するなど、防災への動きを活発化させている。そのなかで書かれている内容は、①これまで以上の数の避難所の確保、②避難所以外の、親類や知人宅への避難の検討、③避難所での感染予防対策の徹底——などとなっている。
なぜ6月の段階で内閣府がこのように自然災害への対応を強化しているのか。それは言うまでもなく、6月下旬からが〝豪雨のピークシーズン〞に当たるからだ。
2011年以降、日本では毎年、2桁の死者が出るレベルの豪雨災害が発生している(表)。記憶に新しいところでは一昨年の6月から7月にかけて西日本を記録的な豪雨が襲い、224人が命を落としている。さらに昨年9月、大型の台風15号と19号が相次いで日本列島を縦断し、合わせて死者108人、建物全壊3395棟という甚大な被害をもたらした。台風19号では、本州全体を覆う雨雲や、過去にないレベルの警戒を呼び掛ける報道など、自然災害の脅威が新たなレベルに入ったことを感じた人も多いのではないだろうか。
台風19号では、その規模の大きさから避難指示が出た地域も多く、避難所へ詰めかけた人はなんと24万人に上った。地域によっては避難所が満員となり、門前払いを受けるケースもあったという。そのため多くの自治体では昨年秋以降、避難所の増設やスペースの拡大に乗り出したのだが、そこに今年、新たな〝災害〞として加わったのが、新型コロナウイルスの流行だ。
密閉、密集、密接のいわゆる「3密」で感染が拡がる新型コロナは、災害時の一時避難所という状況では最悪の相手だ。避難所で用意されるパーソナルスペースは、おおよそ全国的に1人当たり「2平方メートル」が基準とされてきたが、新型コロナの感染リスクを下げるために必要な面積は1家族当たり「9平方メートル」。さらに隣接する区画との間は1〜2メートル空けるべきだというのが内閣府の基準だ。そして感染防止のためには、手洗いやマスク着用の徹底、十分な数の換気扇の設置、発症者が出た場合に備えた隔離用スペースの設置なども、内閣府は必要だと指摘している。場所にも予算にも余裕のない自治体にとって、こうした新型コロナ対策を講じることは簡単ではない。少なくとも、今夏の豪雨災害に備えて万全な体制を構築することは不可能といっていい。
もちろん大前提として、新型コロナに感染したくないからといって避難をせず、危険な自宅などにとどまるのは間違った行為だ。しかし避難所の「3密」状態のもとで、新型コロナ感染のリスクが高まるというのは厳然たる事実だろう。
こうした状況下で中小事業者も従来の災害対策からの抜本的な転換を求められている。事業を継続するためには、従業員や役員の健康と安全が不可欠だ。
そこで一つのキーワードとなるのが、「リモートワークによる分散避難」だ。前述の内閣府の文書でも、新型コロナ対策のポイントの一つとして、「親戚や友人の家などへの避難の検討」が挙げられている。避難所が過密状態となるのを防ぐために、可能な人は前もって自主避難を実施してほしいという要請だ。
今年に入っての新型コロナの流行を受けて、事業者は望むと望まざるとにかかわらず、在宅勤務が可能な体制への変更を強いられている。現場に出なければ立ち行かないような業種を除けば、オフィスに出勤しなくても最低限の業務が継続できる状況は整備されつつあるといえる。この変化を、防災対策に生かさない手はない。
これまでなら台風が近づいていても、仕事を遅らせないためには役員も従業員もなるべくギリギリまで出勤せざるを得ないというケースが多かった。その結果、交通機関の運行休止などによって家に帰れないということもあった。しかしリモートワークを活用すれば、台風が接近する前日などに出勤見合わせを決定し、従業員はそれぞれの親族の家などに余裕を持って避難した上で、業務を継続できる。ギリギリまで決定を保留して自宅待機を命じた結果、それぞれが貴重品を持って避難所に駆け込まざるを得ないような状況を回避できるわけだ。
もちろん、そのためにはノートパソコンの支給や、社内ネットワークへの接続環境の整備などが最低限必要となる。そこで、税優遇や補助金をフル活用したい。例えば取得価額が30万円未満の減価償却資産は、中小事業者であれば全額を損金算入して即時償却できる。年間300万円が上限なので、単純計算で20万円のパソコンを15台まで一括して損金にすることが可能だ。
またリモートワーク導入にかかったコストは、助成金の対象となる。厚労省の「働き方改革推進支援助成金」では、導入コストの4分の3、最大300万円が支給される。また経産省の「IT導入補助金」ではコストの2分の1、最大450万円がサポートされる。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて国はリモートワーク導入を推進しており、通常よりも手厚い支援策が用意されている状況だ。新型コロナ対策と自然災害対策の〝一石二鳥〞を狙って、リモートワーク導入に使える支援策をすべて利用したい。
そしてリモートワークに頼らない、もう一つの方向性としては、オフィスの防災対策を強化するということが考えられる。業務の性質上、どうしても出勤しなくてはならない業種や、リモートワークの導入にかける時間や資金がないなら、こちらの選択肢を積極的に検討したいところだ。
一度出勤した従業員を豪雨のなか帰宅させることは、安全を確保するどころか、むしろ危険が増すだけともいえる。また家に帰り着けたとしても、避難指示が出てしまえば避難所に移らざるを得ず、新型コロナ感染の高いリスクに晒されることになってしまう。
それを解決できるのが、オフィスのいわば〝要塞化〞だ。これまでも東京都などは、大地震で帰宅困難者が大量発生するケースなどに備えて、オフィスや会議スペースなどを一時的な避難場所として活用することを検討してきた。もちろん中小事業者の場合は一般開放を考える必要はない。従業員や、場合によってはその家族を数日間、安全なオフィスにとどめておくだけの食料や水、毛布などの物資を用意しておけばいい。人が多くとどまれば新型コロナ感染のリスクもそれだけ高まるが、不特定多数の人が密集する避難所に比べれば、感染予防にかかるコストも少なく、感染リスクも格段に低いと言えるだろう。
こちらの方向性で防災対策を進めるなら、防災用品の税務処理を押さえておきたい。例えばヘルメットなどの防災用品は原則として、器具備品として減価償却の対象となる。また長期保存食料などの消耗品なら、実際に消費したタイミングで損金に算入して備蓄分は資産計上するのが原則だが、防災用品については万が一のために備え付けること自体が使用に当たるとして、購入・貯蔵した時点で損金に含められる。さらに先程と同様に、30万円以下の備品であれば少額減価償却資産の特例を使えることに加え、10万円未満のものについては特例を使わずに一括しての損金処理が可能だ。
災害対策はその時が来てからでは遅く、事前の備えが明暗を分ける。そして2011年以降、毎年起きている二桁の死者を出す豪雨災害が、今年に限って来ないと考える理由は何もない。一刻も早く新型コロナウイルスに対応した災害対策を講じることが、中小事業者に課せられた責務と言えるのではないだろうか。
(2020/07/30更新)