なんでもありのマイナンバー普及策

そこまでやるか!? 掟破りの25%還元


 制度開始から3年が経っても一向に取得率の伸びない「マイナンバーカード」の普及に向け、国が様々な施策を打ち出している。〝掟破り〞とも言えるような方法も含め、国はありとあらゆる手を講じて、カード普及率を今後3年半でほぼ100%にする方針だ。あくまで任意取得だったはずのカードに、国がそこまでこだわる理由は何なのか。納税者の利便性向上につながるとしてスタートしたマイナンバー制度が今後どこへ向かうのか、国の狙いを探る。


 個人にそれぞれ付与された番号を通じて税や社会保障の情報管理を行い、また災害対策などにつなげるという目的のもと、マイナンバー制度が始まったのは2016年のことだ。同時に、顔写真付きの身分証明書として使えて、各種の行政サービスの手続きが円滑に進められることが売りの「マイナンバーカード」の交付も始まったが、こちらはあくまで申請に基づくもので、現在まで取得は任意となっている。

 

 このマイナンバーカードについて、国はキャッシュレス決済と連携させてポイント還元を行う方針を打ち出した。検討されている仕組みは、楽天Edyやnanacoといった民間のキャッシュレス機能に入金(チャージ)を行うと、マイナンバーカードを通じて入金額の25%に当たる「マイナポイント」が上乗せされるというものだ。

 

 付与されたマイナポイントはオンラインショッピングやキャッシュレス決済などに利用できるという。来年6月末までは増税対策としてのポイント還元策があるため、マイナンバーカードを使ったポイント還元策は、その期間が終了した後に、これまた一定期間の時限措置として導入する方針だ。

 

家族そろって取得を「勧奨」

 民間企業が提供するポイントサービスには、過度な競争を防ぐため景品表示法による規制があり、還元率の上限は20%と定められている。今回のマイナンバーカードによる還元率は景表法をオーバーする25%であり、いわば国にしかできない〝掟破り〞の方法と言える。

 

 今回のポイント還元策を打ち出した閣僚会議は、その目的について「官民共同利用型キャッシュレス決済基盤の構築を目指す」と説明した。しかしポイント還元にマイナンバーカードの取得が必須条件となっていること、そもそも同会議の議題が「マイナンバーカードの普及等に向けた取組について」だったことからも、ポイント還元がカード取得率アップに向けた施策であることは疑いようがない。

 

 この会議ではポイント還元以外にも、カード普及に向けた国のなりふり構わぬ姿勢が随所に見て取れた。普及促進に向けた施策として、国家公務員に対しては「速やかにマイナンバーカードを取得するよう勧奨」し、地方公務員についても「一斉取得を推進」する。公立学校職員、警察官にも同様に取得を促し、健康保険組合にも要請を行い、「進捗状況について定期的にアンケート調査を行う」という。

 

 なかでも公務員に対しては職員本人だけでなく家族全員の名前を印字したカード交付申請書を作成して、職場で本人に配るという念の入れようだ。表向きはあくまで勧奨や告知とされているものの、実際には半強制に近いかたちで取得が義務付けられることは容易に想像できる。

 

 同様の動きは自治体レベルでも起きている。今年6月には、神戸市が市の全職員を対象として取得状況を聞き取る調査を行ったことが報道された。「任意取得のカードについて調査を行うのはおかしい」との反発の声も出たが、市は「あくまで実態把握であり、取得を強制する意図はない」と取り合わず、制度を所管する総務省も「調査だけなら法令上問題はない」と許容の姿勢を示した。

 

 マイナンバーカードの交付申請は16年1月に始まったが、3年半を経過した今年9月1日時点の取得率は13・9%にとどまっている。1年で3千万枚交付を掲げた当初の想定からはかけ離れた数字だが、それでも任意の申請に基づくものだったはずのカードを、国がここまで普及させたいのはなぜだろうか。

 

 その一つには、国のメンツの問題があるだろう。最後まで国民に普及しなかった住宅基本台帳カード(住基カード)の反省を踏まえてスタートした制度なだけに、このまま低調に終わっては国の沽券に関わる。また「スタート時にいくら金をかけたか、毎年いくら金がかかっているか、あほらしくて聞いていられない」(麻生太郎財務相)というように、ここまで費やしてきたコストを考えれば、後には引けないというのも偽らざる本音だと思われる。

 

 しかしメンツ以上に、国には譲れない事情がありそうだ。菅義偉官房長官は今年2月、マイナンバーカードの普及が進んでいない現状に対して、次のようにコメントしている。

 

 「国民のカード利用が進まないと、国民の利便性向上や経済の生産性向上が進まない」

 

 この言葉の意味するところは、すでに行政システムや社会保障の仕組みはマイナンバーカードの利用を前提に組まれ、動き出しているということだ。カードの取得が任意というのは建前で、最初から全国民に取得させることが国の既定路線だった。それであれば、納税者がマイナンバーカードを持っていない状況は国にとって「困る」わけで、現状1割強にとどまる普及率を問題視するのもうなずける。

 

 マイナンバーはそもそも「税・社会保障・災害対策」の3分野に限定して個人と番号を紐付けることで、行政と国民のそれぞれにメリットがあると説明されてきた。確かに行政にとっては、税務申告書への番号記載を義務化し、NISA口座との番号紐付けをスタートさせ、2年後には全ての銀行口座と番号が紐付く。国民の所得捕捉に向けて着々と動いていることは間違いない。公的組織間での情報共有も簡単となり、数々のメリットが生まれているだろう。

 

誰にとっての利便性向上か

 納税者としては、マイナンバーが付与されたことでメリットを実感できた場面が、今までにどれだけあっただろうか。運転免許証の代わりに使える身分証明書というだけでは割に合わない。

 

 また昨年12月には、東京・大阪国税局からデータ入力を委託された業者がマイナンバーを含む個人情報70万件を漏えいさせていたことが明らかになった。横浜市鶴見区でも、交付前のマイナンバーカード78枚を紛失するという不祥事が起きている。個人情報のなかでも特に保護すべきとされるマイナンバーの情報管理について、いまだ不安を抱える人は多い。

 

 さらにマイナンバー制度自体が、当初の理念を実現できていないとの指摘もある。制度が始まって以来、数々の自然災害が日本列島を襲ったが、その対策や被災者支援にマイナンバーが有効活用されたという話は今までに明らかにされていない。当初の目的が十分に果たされていないなかで、利用範囲を拡大しての利便性向上を訴えられたところで、取得率が伸びないのも当然の話だろう。

 

 納税者にメリットがあるのなら、国が促さずとも、取得率は自然と伸びるはずで、そうなっていないのはマイナンバーカードの取得に利がないと納税者が判断しているからだろう。同時に、マイナンバー制度による情報の一元化に不安を感じているからという面もあるかもしれない。そうした制度が抱える問題点に向き合わず、一時的な25%のポイント還元という〝ニンジン〞をぶら下げれば取得率を上げられると思っているのなら、あまりにも納税者をバカにした話と言わざるを得ない。

 

 制度開始から3年半経って1割にとどまる普及率を、ここから3年半で10割に持っていくのは、簡単なことではない。そうなれば25%還元のようなアメに続いて、何らかのムチが飛んでくることも予想される。

(2019/10/29更新)