国有地の売却を巡る公文書の改ざんや前事務次官のセクハラ疑惑で財務省に批判が集まる中、組織を解体して仕切り直すことを求める声が日増しに高まっている。これに付随して浮上したのが、財務省から国税庁を切り離して新たに「歳入庁」を創設する案だ。再編論自体は以前からあったものだが、構想が持ち上がるたびに財務省の反発があって実現してこなかった。構想が再燃した経緯を振り返ることで、歳入庁の創設が実現する可能性について考えてみる。
森友学園問題での公文書改ざんに続いて福田淳一前事務次官がセクハラ疑惑で辞任した財務省に対する批判の声は高まり、麻生太郎財務相の責任を問う世論が日増しに大きくなっている。国民の不信感は消えることはなく、〝財務省解体論〞も浮上している。組織を解体して一から出直すべきというわけだ。
財務省は20年前のいわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」で大蔵省が解体されたことで誕生した。事件の通称こそ単なる破廉恥事件のようだが、当時の大蔵官僚が金融機関から賄賂を受け取っていたことが発覚し、逮捕者や自殺者が出るに至った大事件だ。今回のセクハラ疑惑と同様に事務次官が辞任したほか、当時の三塚博蔵相や松下康雄日銀総裁も引責辞任に追い込まれた。
さらには大蔵省から金融機関の検査・管理部門を切り離し、金融監督庁(現在の金融庁)の創設につながった。これにより民間金融機関への検査監督権という強力な権限を失っている。ただ、大蔵省から改称した財務省にも、国税の査察や徴収を行う権限を持つ国税庁と、国の予算の原案を決める権限が残っていることから、いまも「最強官庁」や「官庁の中の官庁」であることに変わりはない。しかし、権力の一極集中による歪みを解消する必要があるとたびたび言われてきたものの実現することはなかった。
しかし、公文書改ざんやセクハラ疑惑を受け、民進党の代表である大塚耕平氏から「財務省の信頼は地に落ちた状態。解体を本当に議論しなければいけない状況」という声が公に出るなど財務省解体論は少なからず現実味を帯び始めた。
財務省解体論では、査察権や徴収権という強大な力を持つ国税庁を財務省から切り離すべきという声が多い。これに付随して浮上したのが「歳入庁」構想だ。
財務省から分離させた国税庁と日本年金機構を統合して創設する歳入庁は、内閣府の外局として、国税と社会保険料の徴収事務を一括で担う。国税と比べて徴収能力が低いと言われている年金機構を国税と統合することで年金保険料の徴収率の向上につなげる狙いがある。
構想が大きくクローズアップされたのは民主党が政権を握った直後だ。平成22年度の税制改正大綱に、歳入庁を設置する方向で検討を進めることが明記された。
民主党が掲げた歳入庁構想は、あくまでも行政の効率化と行政コストの削減を行うとともに、窓口の一元化や手続きの簡素化などによって国民の利便性を高めるためのものだった。当時は国民年金の不正免除問題や年金記録のずさんな管理などで社会保険庁(年金機構の前身)が糾弾されていた時期で、財務省ではなく社会保険庁の組織再編の必要性が前面に出されていた。
民主党が掲げた構想について内閣府は平成24年に論点整理を行い、統合時期を「平成30年度以降速やかに」としていたが、議論はそのまま進むことなく中断。しかし財務省の不祥事が相次いだことで、財務省から強大な権限を切り離すために歳入庁構想をプッシュする動きが再燃した。20年前の大蔵省解体のように組織再編が行われる可能性はあるだろう。
ただ、国税当局内には「年金機構の職員に国税組織と同じ水準の徴収事務ができるとは思えない」という機構への不信があるほか、国税庁と年金機構それぞれの情報管理システムを統合するには膨大な開発期間やコストが掛かる。強力な権限を手放したくないという財務省の思いだけではなく、年金機構との統合には実務面での不安を持つ意見が根強い。
また、マイナンバー制度の開始によって複数の組織間の情報連携がとりやすくなり、必ずしも同一組織で徴収事務を担わなくてもよくなったという見方もある。今回も財務省の抵抗があることは想像に難くない。
なお、社会保険料の納付率向上のために国税庁が持つ徴収ノウハウを活用することについては部分的に実現している。年金機構の委任を受けて国税当局の精鋭部隊が代理徴収する仕組みが平成27年に整理され、高額な滞納者に適用されることとなった。
財務省には金融庁に続いて国税庁が分離させられることへの抵抗感が強い。ただ、財務省に組織として一からやり直すことが求められている中で、歳入庁構想が実現する可能性がこれまで以上に高まっている。改めてその必要性を考え直す時期が来たと言えそうだ。
(2016/06/06更新)