【和歌的発想】(2016年1月号)


「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重しけ吉事よごと」(大伴家持)。全20巻、4516首を収載した『万葉集』のラストを飾るのがこの歌だ。初春に降る雪のごとく、良いことが積み重なっていくようにと願ったものだろう▼それから4百年以上の時を経て鎌倉時代初期に編まれた『新古今和歌集』の巻頭にも、新春を寿ぐ歌が置かれている。「み吉野は山も霞て白雪のふりにし里に春は来にけり」(藤原良経)がそれ。「春」は空から徐々に「下りてくる」ものであって、春の最初の姿は吉野の山々にかかる霞だとする和歌的発想だ▼トリクルダウンで富は「上から徐々に下りてくる」などといわれても、一向に実感がわかない。大企業が最高益の決算を発表する一方で、生活保護受給世帯数が過去最多の163万世帯を記録したり、給与所得者の平均年収が415万円だったり、ワーキングプアと呼ばれる年収200万円以下の貧困層が1140万人もいたりするのだから、アベノミクスも和歌的な発想であるとしか思えてならない▼医療費は40兆円を突破し、社会保障給付全体では110兆円超となっている。今年こそ「そのうち下りてくる」といった無責任な景気対策ではなく、少子高齢社会の医療・介護・年金を支えていくための現実的な政策を実施してもらいたいものだ。