【気分だけでも】(2015年1月号)


「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや()吉事(よごと)」。昨年1月の本稿では、大伴家持が『万葉集』の巻末に置いたこの歌(巻二十・四五一六)を取り上げた。初春に降る雪のごとく、良いことが積み重なっていくようにと願ったもの▼それから4百年以上の時を経て鎌倉時代初期に編まれた『新古今和歌集』の巻頭にも、新春を寿ぐ歌が置かれている▼「み吉野は山も霞て白雪のふりにし里に春は来にけり」(藤原良経がそれ。「春」は空から徐々に「下りてくる」ものであって、春の最初の姿は吉野の山々にかかる霞だとする和歌的発想だ▼首相がアベノミクスで繰り返し唱えるトリクルダウンも和歌的発想に思えてならない。富は「上から下へと徐々に流れ落ちてくる」ものだとこの理論は主張する。景気回復大手から先に実感できるようにな、賃金も大企業の社員から順に上昇する、と▼山に霞がかかる兆しすら見えてこない社長さんとしては、トリクルダウンによって「春」が下りてくるなどといわれても、にわかには信じられない。ついつい「門松は冥土の途の一里塚目出たくもあり目出たくもなし」(一休禅師)という気分にもなってしまうだろう▼そうはいっても新年のスタートだ。気分だけでも「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し」(石川啄木)といきたい。